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□いつかの為に
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「嘘だろぃ」
授業が終わってさあ帰るか、と外に出たらアイツがいた。
校門にもたれ掛かっていつものように舟を漕いでいる。
今日は平日。ここは神奈川。アイツの学校は東京にある筈で・・・。
「あ、ブンちゃん。おはよー」
俺が近づいて行くと、ジローは目を覚ましにっこり笑った。ずっと外で寝てたせいで、鼻の頭が赤くなってる。
「何でお前が立海にいるんだ?」
「だって今日金曜日だC、ブンちゃんに逢いたくて来ちゃった」
「来ちゃったってお前・・・」
「あ、俺ホテル取ってないんだ。ブンちゃん家泊めてね!」
相変わらずマイペースなヤツ。
「ほら、行こうよ」
「どこに?」
「ブンちゃん家」
「……」
こいつには何を言っても無駄だ。諦めて俺はジローの後に続いて歩き出す。


「あ、ブンちゃんテニスコートあるって!ちょっと打ってかない?」
夏の大会が終わって俺達は部活を引退した。以来受験に専念するため、俺はテニスには一切触れていない。
「テニスなんてやってる場合じゃねぇだろぃ。受験生なんだから」
「ああ、その話ね。大丈夫大丈夫、俺推薦で進学出来そうだから」
ってことはやっぱり氷帝の高等部に進むんだろうな。
暢気にスポーツセンターの中に入って行くジローを見てると苛立って来る。
・・・俺の都合はお構いなしかよ。
「ブンちゃん、早く早く〜」
「1ゲームだけだかんな」
「ブンちゃんとテニス出来るなんてうっれCー」
「早く選べよ、フィッチ?」
「あ、スムース!」
カラカラと音を立てて回っていたラケットはやがてパタンと倒れた。表を上にして。
「やった〜!サーブも〜らい」
ついてねえな、まったく。
「妙技・鉄柱当て」
「相変わらずかっこE〜!でも返しちゃうもんね〜、マジック・ボレー」
借り物のラケットに制服、正直打ちにくい。
でも、気が付けば夢中になってボールを打っていて、1ゲームなんてあっという間だった。


「くっやC〜。でもちょー楽Cかった!!」
こっち側のコートに入って来て、ジローはゴロンと横になった。
「お前は良いよな、気楽で」
自分も充分楽しんでた筈なのに、終わってしまえばまた現実が戻って来て、言うつもりもない悪態を吐いていた。
「悩みがあるなら聞くよ〜?」
「俺はお前と違って忙しーんだよ!!」
「何で?」
「受験生なんだぞ!勉強に決まってるだろぃ」
「あれ、ブンちゃんは立海の高等部に行くんじゃないの?」
さも当然のように言われて腹が立つ。俺の気も知らないでコイツは!!
「もしかしてブンちゃん」
「……」
「うちの学校受けようと思ってる?」
チッ。妙に勘の良いヤツ。
「ああそうだ。悪いかよ」
「悪くはないけど、何でまた?」
「仕方ねーだろぃ!お前がそのまま氷帝に進むんだから!!」
「え、俺のため?」
「そーでもしなきゃ、ずっと遠距離のままだろぃ!」
「ブンちゃん・・・」
困った顔をしたジローを見て更に怒りが込み上げて来る。
学校が違うから休みもなかなか重ならないし、遠くて逢うことすらままならない。
そんな状況が少し寂しいと俺はいつも思っていたのに。
なのにコイツは、ジローは違ったって言うのかよ!!
何だよ、それ!!
いくつもの思いが浮かんで来るのに、一つも言葉にならなくて俺は俯いたまんまブルブル震えた。
泣かないのは最後の意地だ。
「ブンちゃん」
「触んな!!」
起き上がって近づいて来たジローの腕を払う。
きっとジローは悲しそうな顔してる。ざまあみろ。
「ブンちゃんは、うちに来て、テニス部入る?」
「入らねえよ!」
誰があんな俺様部長のいる部活なんか・・・!
「やっぱり」
やっぱりって何だよ!
「あのね、ブンちゃん」
「……」
「俺、ブンちゃんがそこまで俺のこと思っててくれたなんてちょー嬉Cよ」
「でもお前はそこまで俺と同じ程を好きじゃない」
「それは違うよ、ブンちゃん。俺も一回は立海受験を考えた」
「けど止めたんだろ」
「だってやっぱC俺そこまで賢くないC、俺の都合でブンちゃんに無理して欲しくもないC」
「別に無理なんか!!」
「してるよ」
「!!」
「さっきのテニスしてる時のブンちゃん、すっごく楽Cそうだったのに受験でテニス我慢してたんでしょ?」
「……」
「おまけにうち来てもテニスやんないんでしょ?」
「ああ」
「俺ねーどんなブンちゃんも好きだけど、やっぱCテニスやってる時のブンちゃんが一番好き」
「何でお前の好みに合わせなきゃいけねんだよ」
「ブンちゃんを形作ってる物の中には、テニスも入ってるでしょ?」
「・・・わかんねえ」
「わかるよ。俺にはわかる。だから俺はブンちゃんからテニスを奪う理由にはなりたくないな〜」
そう言ってジローは俺を抱きしめた。俺も今度は拒まなかった。
「そりゃあ遠距離は寂しいけど、俺らの人生長いんだC、結婚したら毎日一緒にいられるんだから」
「・・・結婚は無理だろぃ」
「無理じゃないよ〜好き同士なんだから!だからそれまで」
「それまで?」
「いいライバルでいようね!」
「バーカ、お前が俺のライバルなんて十年早いぜ!」
「高等部行ったら負けないんだから〜」
根拠のないジローの自信に思わず吹き出して、たくさん笑った。
心から笑ってんのに、何でか涙も流れてきて困る。
困る、けど悪くない。
好きなものは全部手に入れる。
テニスにジローに仲間に全部全部。
その為にはきっちり進学するぜ・・・立海に。


E.

(当然俺もブンちゃんを形作る一つだよね?)

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