special

□ワンナイト・マジックショー
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丸井ブン太さま

朝刊を取りにポスト開けると下手くそな字で、けれど伸び伸びと書かれた文字が目に入った。
薄いオレンジ色の封筒を裏返すと、差出人の名前は思った通り

芥川慈郎

それを確認してからダイレクト・メールを捨てて他の手紙と朝刊を持って家に戻る。
リビングのテーブルにそれらを適当に置くと、急いで自分の部屋に駆け込む。
ハサミを取り出すのももどかしく、糊を貼られた部分に指を差し込んで無理やり開けるとビリビリになった。
中から出て来たのはチケットとデカデカ書かれた紙切れが一枚。
よーく目を凝らすと、下の方に小さく

四月二十日、芥川慈郎の一夜限りのマジックショー!!
場所:ブンちゃんの部屋
時間:午後七時くらい?
絶対来てね!

と書かれていた。
「来てねも何も、お前が押しかけるつもりだろぃ」
憎まれ口を叩きながらも口元は自然と綻んでいて。
ブン太はそっとチケットを机の引き出しにしまった。


それから数日はチケットのことなどさも気にしていないかの様に振る舞った。
しかし黙って授業を受けているとつい、ぼんやりと頭に浮かんで来る。
そんな自分の様子に気付いた仁王が、事情なんか知らないクセに意味ありげに笑って来るのが何とも腹立たしい。
しかし面と向かって怒ったところで、相手はあの詐欺師だ。逆に事情を聞き出されてしまう危険を伴う。それでは本末転倒だ。ここはじっと耐えるしかない。


耐えに耐えて、ようやく迎えた四月二十日。
誕生日なだけあって、朝っぱらからいろんな人に
「おめでとう」
の言葉を貰った。
中には何の狙いがあってか、わざわざ告白してくる女生徒もいたが、もちろんスッパリ断った。
部活後、せっかくだからケーキバイキングに寄ろうと言うレギュラー陣の誘いに
「悪ぃ、俺先約あんだわ」
と断った。
赤也は
「珍しいッスね。丸井先輩がバイキングに行かないなんて」
と目を丸くしていたが、ここでもニヤニヤ笑っている仁王に思いっきり舌を出して
「じゃーな!」
いつもより数倍早く身支度を整え、部室から出た。


「お帰りなさい。芥川君が来てるからアンタの部屋に上げたわよ?」
家に帰るなり言われた母親の言葉に、軽く眩暈を覚えながら一応礼を言う。
「泊まって行くのかしらねぇ?」
のんびりした母親の質問には
「知んねぇ」
と答え、急いで階段を駆け上がる。
「いらっしゃい!」
「ここは俺の部屋だ!!」
「今日は俺のステージだよ!」
「つうかお前部活は?」
「サボった〜」
「はあ?」
「明日から真面目にやるC、今日くらいはEの!」
そして自分に向かって両手を差し出す。
ブン太が首を傾げていると
「チケット!!」
と催促された。
「ああ、あれな」
ヤレヤレという風を装って、机の引き出しからチケットを取り出す。
「これで良いんだろぃ?」
「オッケーオッケー。さあて、お立ち合い!芥川慈郎による、一夜限りのマジックショーの始まり始まり〜」
苦笑しながらも一応拍手を送ってやる。
何もない所から現れる花。逆さにしてもコップから水は零れない。ブン太の握り拳から出て来た万国旗。宙を舞うトランプ。


「楽しかった?」
「おー思ってたのより巧くて驚いたぜ」
手首が柔らかい上に、そこそこ器用だ。ネタは小さいながらも、そこらのマジシャンよりずっと巧い。
「まだこれで終わりじゃないもんねー!」
「今度は何やって楽しませてくれんの?」
期待を込めて慈郎を見つめるが、ニコニコと微笑むばかりで一向に動く気配はない。
訝しげにブン太が眉をひそめた瞬間。
「隙あり!」
一気に視界に広がる金の巻き毛と、唇感じる柔らかい感触。
呆然としているブン太から離れて
「ブンちゃん、たんじょーBおめでとー!!」
じゃー俺帰るね!と言い残し、騒々しく階段を駆け下りて行く。
玄関から
「おっ邪魔しましたー!!」
という声が聞こえた。


部屋の窓から遠ざかる金髪と、キスの時に握らされた紙切れを交互に見遣る。

芥川慈郎ナンデモ券
1回だけなんでも言うこと聞いてあげる
P.S.マジックに力入れ過ぎて、お小遣いなくなっちった。こんなプレゼントでゴミンね☆

あんまりな理由に思わず笑いながら、慈郎のマジックを思い出す。
本当は、魔法をかけるのに杖も帽子も必要ない。
だって自分は既に魔法にかかっている。
慈郎にあったその日から。
……なんて。
どのタイミングでこの券を使ってやろうかと、画策する。


E.

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