Novel

□石の心臓
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 ごくり、と。
 タカノの首を掴んだ手に密着した肌の下で、気管が蠢いたのが分かった。

 指の方にとくとくと鼓動。こんな命の危機にさらされていても、心臓は律儀に脈動するのをやめないのだ。
(いや、危険だからかな)
 どこかぼやけた頭でそんなことを考える。
 ひゅう、と変なふうにタカノの喉が鳴った。
 タカノは虚ろな目をして、廊下の反対側にある掲示板の方を見ていた。
こんなにも。危機などどうでも良いような顔をしているのに、心臓はあきらめる事無く。
(や、でも殺す気とか、ないんだけど)
 だって後が面倒だ。14歳なんかとうに終わってしまった。ばっちり刑法の対象だ。つかまってしまう。それってバカバカしい。
 

 とくとく。


「殺さないの」
 ヒビ割れたような声でタカノは言った。
 窓から差し込んだ光がタカノの髪に反射している。つやつやした……なんだっけ、こういうの。天使の輪、って言うんだったったけ。長い前髪を透かして見える顔は小作りで、それに気味が悪いくらい白かった。
 イライラする。気に入らない。
 きっとこれが好きな奴にくっついていたならきっとすばらしく見えるのだろう。一つ一つはきっと何でもないものなのに、それに『タカノの』という所有格を付けただけで、嫌悪すべきモノに変わるのだ。

 
 とくとく。


「殺さないの」
もう一度タカノは言った。今度は少しはっきりした声になっていた。
「るせぇよ」
 喉を強く掴んで壁に叩きつける。
 タカノは、げほ、ともごほ、ともつかない声(いや、音か?)をもらした。
 最初に擬音を考えた奴はすごいと思う。
タカノの青白い静脈の浮いた喉に少し陽に焼けた手がくいこんでいる。
 頭の中がぐらぐらした。それは、このコントラストのせいなんかじゃない。光が強いせいだ。


 とくとく。


いーち、にぃと窓の外から野球部が準備体操をしている間抜けた声が聞こえてくる。
 それに比べて。ここは何でこんなに静かなんだろう。
「部活」
 ひゅうひゅうと喉を鳴らしながらタカノが言った。
「いかなくていいの」


 とくとく。


鼓動を続ける心臓。命は強かでしぶとい。
「お前に関係ない」
「浅野はさ」
 赤い顔。そろそろ、手、放したほうがいいだろうか。死なれたら困る。死んでほしいとか思っていても。
「何でも叶えられるのに」
血の色を映した赤い唇が細かく震えている。


 とくとく。


 首筋を汗が伝っている。シャツの背中が張りついて気持ち悪い。気持ち、悪い。
 蠢く、気管。生きている、身体。気持ち悪い。
「僕を殺してはくれないんだね」


どくどく。


 鼓動はいつのまにか自分のものに変わっていた。耳元で騒ぐ、音。


 どくどく。どくどく。
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