頂き物

□奪うようなキスを
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*

もうすぐバレンタインですわね!そう意気込んで言ったシャロンちゃんにオレとアリスは首を傾げた。



「ばれん、たいん?何それ?」

「あら、オズ様はご存知ありませんか?」

「うん…え、みんな知ってるの?」



シャロンちゃんは目を丸くして驚いているから常識的なことなのかな、と思った。ケーキを食べながら女の子だけのお茶会に、キラキラしたシャロンちゃんのやけに熱が篭った声が響く。



「バレンタインとは女性が好きな殿方にチョコレートを渡して想いを伝える、それはそれはロマンティックな日なのですわ!」



ばん!とテーブルを叩いて立ち上がったシャロンちゃんに気圧されてオレとアリスはわからないままにうぉお…!と拍手をする。にしてもバレンタイン…やっぱり知らない、な…。初耳だ。



「5、6年前から有名になり出した行事なのですけど…。」

「あ、それでだ。オレいたの10年前だから。」



自身を差した指にシャロンちゃんも納得したように頷く。



「オズ様はどなたかに差し上げるのですか?」

「私は欲しいぞ!チョコレート!」

「んー…秘密、かな?」



柔らかく微笑めばアリスがむぅ、と不満そうな声を出した。



*


と格好をつけてみたのはいいものの。オレはどうするべきなのかすごく悩む。だって、だっていきなりそんなの渡されたら困らないかな…ギル……。



「ってなんで選択肢がギルだけなの?」



なんか納得いかなくてベッドの上でクッションを叩いた。ふわふわのベッドがぎしぎしと軋む。いや、ギルは好きだよ?好きだけどそういう好きじゃなくて…、実はキスはされたこともあるけどそういうのじゃなくて!そこまで考え顔に熱が溜まるのを感じてうつ伏せに寝転がった。クッションに顔を埋めてはあー、と長く息を吐き出せばドクドクとやけに騒がしい心音だけが響く。



「……、なんでキスされたんだろ……。」



10年経って、可愛かった顔つきは大人の男の人に変わっていて。オレより小さかったはずの手のひらは骨ばって大きくて、それに肩と腰を掴まれて端正なギルの顔が段々と近づいてくるのを見てたら思考回路が壊れたみたいに何も考えられなくなる。目に映るのはギルだけで…って、違う、今はそんなこと思い出してる場合じゃないんだって!



「ギルのバカ!とりあえずオレの許可なしに脳内に出てくるな!」



ダメだっ熱い!寝れない!なんか飲みに行こうかな!とりあえず思考回路からギルを追い出そうとぶんぶんと頭を振っていたところでコンコンと控え目にノックが鳴った。動揺してたからか、はい!?と声が引っくり返ってて自分で苦笑。したのも束の間。



『オズ?なに騒いでるんだ?…入っても、』

「ギル!?だ、ダメ!絶対ダメだから!」



なんとノックしてきたのはギルだった。まだ起きてたんだ…と言うよりタイミング悪すぎる。こんな顔で、しかもギルのこと考えてたのに本人になんて会えるわけもない。咄嗟にダメと叫んで、けどどう言い訳したらいいのかわからない。



『オズ?』

「え、と…その…、着替えてる、今着替えてるから入ってきちゃダメ!それとも見たいのっ?」

『み…っ!?いや、違うんだ!わ、悪い!』



ドアの向こう側なのに焦ってるのがわかる声。すごい緊張してるはずなのに思わずちょっと笑ってしまった。少し考えて、素足でぺたぺたとドアまで歩いていって額をくっ付ける。



「……ギル、まだいる?」

『あ、ああ…いる…。』

「……あのね、その……。」



オレは何を言うつもりなんだろう。べつに何が言いたいわけでもないんだけど、せっかくギルが来てくれたなら何か話してたい。……わけわかんないな、オレ。相変わらずうるさい心臓に、話し掛けたはいいけど結局何を言えばいいかわからなくて黙り込んでたら、ずるずると向こう側で座り込む音がした。



「ギル?」

『…ちょっとの間話すか。』

「え?」

『…嫌、か?』



苦笑いを含んだ声音。見えないのに慌てて首を振った。



「嫌じゃない!」

『なら少しだけ。もう遅いしな。…そういえばおまえなんでこんな時間まで起きてるんだ?いつもなら寝てるだろ?』

「えっ、…と……。」



ギルのこと考えてたら寝られなかったんだよね、へへ!なんて言えるわけがない。



「……気、分?」

『気分?なんだそれ。』

「っ、オレにだって考えることの一つや二つくらいあるの!」



女の子は色々あるんだと付け足せばふうん、とくつくつ喉で笑うギル。なんだか無性に恥ずかしくなった。



「…っ、ギルこそなんで起きてるの!」



あー可愛くない。こんな怒り口調でオレってばなんなの?自分で自分が嫌になる。髪をくしゃっと握って俯いた。



『オズが起きてるなと思ったから。』

「…え、なに、それ…。」

『いや、だからオズが起きてるなあと考えてたら寝られなかったというかだな…。一人で楽しそうだなって。』

「た、楽しくないよ!!」



こっちは真剣に悩んでるんだからな!酷い言い分にぷくっと頬を膨らましたんだけど、何となく悪い気はしなかった。むしろ嬉しい感じに似ている。困った、最近は自分の感情も理解出来なくなってきた。ふわふわ身体が宙に浮いてるみたいで、勝手に言葉が出る。



「お、オレだって…ギルのこと考えてたもん…。」

『…オレの、こと?』

「……ごめっ、やっぱさっきのなし!」



惚けたギルの声に急に我に返って慌てて言えば体重を掛けていたドアが開いた。は、い?そしたらもちろんオレの身体は傾くわけで、反射で目を瞑ったらぽすんと温かい何かに包まれた。微妙に煙草くさい。…いや、はっきり言っちゃおう、ギルに抱き締められた。



「なっ、な、なに!?」

「なんだ、服着てるのか。」

「っ、当たり前でしょ!?」



にやっと笑ったギルはわかってたからやったんだろうけど――これでほんとにオレが着替え中なら大慌てに違いない――何だかすごく悔しかった。離してもらおうともがいてもびくともしないし、こういうところで自分が女でギルは男の人なんだって思ってしまう。



「離してよ!」

「嫌だ。……なあ、何考えてたんだ?」

「…っ、な、なにって…!」

「…オレのこと考えてくれてたんだろ?」



オレの肩に顔を埋めたギルは中々強気な発言を繰り返してるんだけど、ふと見えた耳は真っ赤だった。…なん、で真っ赤なの…、なんで抱き締めてるのオレのこと…。



「…オレはオズが何考えてるんだろうとか、寝れないのかとか…、その、最近何だか…綺麗になったなとか…。」

「っ!…綺麗なんかじゃないから!何言ってるの!?」



力強い腕は離れそうになくて、オレの心音は聞こえてないかそれだけが心配で。オズは?と急かされて何がなんだかわからなくて、とにかく解放してほしいが為に口走ってしまった。



「オ、レは……なんで、ギルが前キスしてきたんだろって……、」



実は女の子同士だけどアリスとキス済みです、とギルにバレたあの日キスされたのはオレの夢じゃない、よね…?けどキスされた次の日ギルは普通で。何もなかったように接してきて。それから話題に上ったことさえない。

段々周りの音も聞こえなくなってくる。少しオレを離したギルが真っ赤な顔で見下ろしてきて、金の瞳は熱が篭っていた。



「…ねえ、なんでオレにキスしたの…?」

「それは……オズが好きだから、だ…。…バカウサギとはキスしてるとか悔しくて堪らなかった。」



何を言われているのか、全く働かない頭ではよくわからなかった。ゆっくりと瞬きを繰り返してたらいつかのようにまた重なった唇。隙間から柔らかい何かが入ってきて呼吸が出来ない。く、苦し……!ゆるゆると目を閉じたオレの意識はいつの間にかフェードアウトしていた。



*


いや、あの、好き?スキ…?好きってなに?それって食べれるんでしょうか。オレって妄想癖あったっけ?朝気づいたらベッドの上に普通に寝てて、まさか夜のあれってオレの夢ですか?それならなんて恥ずかしい夢を見たんだオレは…!頭を抱えてたらまたノックが鳴った。昨日のあれがプレイバックしてドキリと大きく心臓が跳ねる。



「…は、い。」

「オズ?起きてるか?」



顔を覗かせたのはやはりと言うかギルで、思わず唇に視線が行ってしまう。



「……オレ、昨日何かしました…?」

「え?」

「いや、だから!…オレ昨日ギルと……っ!」



混乱してて何がなんだかわからない。ギルをじっと見上げれば罰が悪そうに頭を掻いていて。ポツリと溢された言葉に頭が沸騰するかと思った。



「…悪い、気絶するくらい嫌がられるとは思わなくて…。」

「気絶……?」

「…その、キスしたら…おまえ意識吹っ飛んだから…。」



下を向いてぼそぼそ話すギルはもう一度悪かった!と謝ってから出ていった。



「…いや、オレ気絶って…!」



鳴り響く心音にぼやっと理解する気持ち。好き、って…言われて、キスされて。嘘でも夢でもないんだ、よね…?じわりと心が震えた。



「……嫌じゃなくて嬉しすぎてっていう可能性を考慮出来ないの?あのヘタレ従者…。むしろ息の関係じゃない…?」



オレってこんな純情少女だったっけ?…いつの間にこんなにギルのこと好きになってたの?

ギルが今しがた閉めていったドアをしばらく見つめてからよし!と頬を叩く。シャロンちゃんが教えてくれたバレンタインの一週間前の出来事だった。


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