☆矢文.
□伝わる気持ちと届かない言葉
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「本当なら今頃、五老峰の大滝の前で童虎と二人仲良く春麗の作った肴を摘み、碁でも打っていただろうに…」
シオンは苛々を募らせ呟く。
教皇宮にある執務室では、アイオロス・ムウ・シオンが山のように積み上げられた書類を片付けていた。
本来なら、次期教皇であるアイオロスが補佐であるサガと二人で片付けなければならない仕事なのだが、書類の期日が迫っており、どうにもならなくなったアイオロスがシオンとムウに頭を下げ今に至る。
「どうせ、サガに淫らな事でもしておったのだろう。」
シオンのため息混じりに投げ掛けられた、嫌味たっぷりの言葉に、アイオロスは何かを思い出し笑みを浮かべ一言。
「サガが可愛いのが悪いんだよなぁ」
「分かりましたから、手を動かしてください、いつまでたっても終わりませんから」
手を止め頬を染めて、思い出し笑いを浮かべるアイオロスに向かい、ムウは怒る。
ムウが怒るのも無理はない、たまの休みに何が悲しくて教皇宮の奥で男三人黙々と仕事をしなければならないのか、シオンではないが本来ならのんびり休暇を満喫していた筈なのだから。
その横でシオンは手を動かしながらも、悪態は治まるどころか更に酷くなっていく。
「童虎も童虎だ!聖域に滅多に顔も出さずに五老峰から動かない、私が会いに行かねば顔を見ることも少ないのだぞ、恋人なのに……」
怒りの矛先がアイオロスから童虎へと変わり始めたのだが、そんなシオンを尻目に、無視を決め込んだアイオロスとムウは、ただひたすら黙々と仕事をこなしていく。
そんな事お構いなしに、シオンの愚痴は更に酷く留まる事はない。
「どれだけ五老峰の水が良いのかは知らんが、あいつはどんな最強の毒茸になるつもりなのだ?胞子を撒き散らして増えるつもりか……複数の童虎か、それも嬉しいが、って私たちは恋人なのに!!」
「老師に怒りの矛先を向けるのは、違うと思いますが?」
流石に煩くなってきたムウは、一言忠告しながらお茶を差し出す。
的確な意見に返す言葉もないシオンは、出されたお茶を眉間に皺を一杯浮かべた状態で啜る。
すると一口飲んだ瞬間シオンが机の上に顔から倒れこんだ。
突然の事に、目を見開いた状態のアイオロスは背筋に冷たいものを感じ、自分の前に出されたお茶を見つめながら忠告する。
「いくら煩いからって一服盛らなくても…ってか私のにも入ってる?」
「心配しないで下さいあなたのには入ってませんよ、それにシオンは殺してませんから。お茶に入っているのはアフロディーテに頼んで調合してもらった睡眠性のお茶です」
ムウはシオンがこうなるであろうことを予測しており、アフロディーテに頼んで、象をも眠らす睡眠性たっぷりのローズティーを作ってもらっていたのである。
「シオンの我慢は三日が限度ですからね。このままシオンが此処にいたら、仕事がはかどらないどころか邪魔です、と言うことで老師、シオンを連れてどこかに行ってくださいませんか」
ムウが扉にむかい言うと、開いた扉の先には童虎が立っていた。
「老師!?いつからそこに居たのですか」
「シオンがワシの愚痴を言い始めた頃辺りかのう」
アイオロスの問いに、笑いながら答える童虎は部屋に入ると、シオンを軽々と抱え上げ、麿眉毛に口付けを落とす。
するとシオンは無意識なのか、童虎の肩口に頭を擦り付けるような仕草をみせる。
「では、シオンは貰ってゆくぞ」
シオンの普段は見せない可愛らしい動作を童虎は嬉しそうに見つめる。
出ていく童虎に、ムウはため息混じりに問い掛ける。
「もっと構って上げて下さい、シオンは人一倍寂しがりやなのですから」
「シオンは天の邪鬼じゃからのぅ」
言葉はなくても、二人には互いの気持ちが手に取るように分かる。
だがシオンは、童虎に言葉で伝えて欲しいと思っているくせに、中々素直になれない、童虎が言葉で伝えようとすると、逃げてしまう。
「今生はまだまだ時間は沢山ある、わしらはわしらのペースでやっていけば良いのじゃ」
満面の笑みで部屋を出ていった。
部屋に残ったアイオロスはムウに視線を向け、ムウはアイオロスに向かい笑顔で現実を突き付ける。
「シオンが居なくなったので、アイオロス頑張ってくださいね」
「えっ!?絶対無理」
アイオロスは即答するが、ムウの次の言葉を聞いて頑張るしかなくなるのである。
「先ほどサガから連絡がありました、今晩帰ってくるそうです、この仕事を終わらせないとサガに会えませんよ」
ムウは最強なのである。
【完】