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□decision
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 貴方の隣にいる為に。





―decision―
(綾→伊 side綾部)








 あの先輩のことは、よく知っている。



 私の落とし穴は八割、あの人をはめる。痛そうな顔をするあの人を、私は観察している。



 薄茶色の髪、茶色の瞳、傷だらけの手。



 私は、誰よりもあの先輩のことを知っているんだ。


...



「……困りました」



 空を見上げて、深く息をつく。こんな状況なのに、天はひどく碧い。


 遠くで落とし穴にはまる音がする。見事にはまってくれたらしい。有難いことだ。


 少し気を抜いただけで、腕から足から肩から、血と共に戦意が抜けていきそうだ。掌で押さえてみたけれど止まらない。



「……っ、」



 時折訪れる鋭い痛みに耐えて、声を殺す。



「……これは、難しいです」



 六年生でも危ないらしいとは聞いていたけれど、ここまでだとは。



 でも諦めはしない。絶対に。



 学園のことを想うと、蘇ってくるのはたいせつな笑顔。







「……先輩……」








 嗚呼、思い出すのは何故か貴方のことばかりです。





 私は、もっと知りたい。貴方と話したい。だから、まだ死ねないんです。





(知ってますか? 私が穴を掘っている理由は、貴方に見て欲しいからなんですよ?)





(貴方をはめてるのは私です。振り向いて下さい。怒ってもいいです。私はただ、貴方と触れ合いたいだけ。)





(貴方に、私を認識して欲しいだけ。)





 2つも学年が違うから、話せるわけはなくて。機会は、落とし穴しかないんです。





 天才トラパーとか言われるけど、本当はこんなに不器用。不器用で、臆病で、どうしようもない人間。
 それでも、振り向いて欲しくて




 笑って、欲しくて。





 今日もたくさん掘った。けどあんまり楽しくなかった。
 だって、あの人がはまらないものを掘ったってつまらない。





 ……私は、こんな奴らの為に掘るのは嫌だ。殺されるのも嫌だ。




 なら、道は1つしかない。





「任務なのに……死ぬわけには、いきませんね」





 立ち上がると、周りに私を幾つもの気配が取り巻いた。





 私は忍器を構える。





「私は、まだ謝ってないんです」





 きっと、あの人は怒ってる。許してくれないかもしれない。
 それでも、謝って……話したい。





 けれど多数に無勢で、いくら攻撃しても当たらない。トラップも使い果たしているし、先刻負った傷もある。





『あはは、はまっちゃった』





 狂おしい貴方が脳裏に浮かぶ。


 青空の中にただぼつんとある碧。青空より綺麗な笑顔、その姿。




『綾部って凄いなぁ』





 直接話したわけでないのに、名前を呼ばれてひどく嬉しくなったこと。





 それら全て集めても、私の欲求は満たされない。





 ――やがて、手裏剣が肩に刺さって、身体がよろめいた。後退しようにも、背後にも敵がいる。





 1人が私の忍器を奪って身体を掴み、押し倒す。くないをふりかざして、胸めがけて切っ先が煌めく。
 瞳を閉ざして、腕をかざして。

















 響く、叫び。


















「いさく、先輩……………っ!!」














 その瞬間。





 碧の背中が目の前に広がって、くないが弾かれた。



「……え?」



周囲の忍び装束たちが一斉に手裏剣を投げるけれど、その人に防がれる。





 ――あぁ、このひとは。





 その人はこっちを振り向いて、私を抱き起こした。



「大丈夫!?」
「……どうして」



 ……確かに、眼前にいるのは伊作先輩だった。意味が分からなくて、うれしくて、戸惑っていると先輩が言った。



「いいから、ちょっとじっとしてて。すぐ終わるから」



 さあさその眸をお閉じ、綾部。



 私は、その通りに視界を閉ざして、数分待つことにした。





(来てくれるなんて思わなかった。そういえばさっき、触ったような気がします。ああ、どうしましょう……。)





 委員会も学年も違う先輩が、私の為に駆け付けてくれた。大丈夫かと、心配してくれた。





 なんて、嬉しい。





「終わったよ」





 呼び掛けられて、瞼を開くと死屍累々の風景があった。先輩の手は血濡れている。


 申し訳なさが溢れてきて、頭を下げた。



「すみません」
「いやいや、綾部が無事で良かったよ」
「……何故、ここに」
「学園長からのご命令。僕じゃいやだった?」



 私は慌てて手を振った。すると先輩は優しく笑って、頭を撫でてくれる。薬の臭いと先輩自身の臭いがした。



 さっきまで死ぬかもしれなかった状況を、先輩は1人で変えてしまった。





 ああ、やっぱり先輩は……。





 私は俯いて、唇を噛み締める。




 ――駄目だ。これではこの人の隣に立つに相応しくない。
 もっと、強くならなくては。










 強く、なろう。










 静かに決意して、私は腰を上げた。一歩踏み出して、先輩に掌を差し出す。



「帰りましょう。疲れました」
「そうだね。……あぁ、綾部。学園についたら勝手に部屋に戻らないでね。怪我の手当てしなくちゃ」
「――分かりました」



 口が滑らないように、注意しなくてはなりませんね。





 一歩踏み出しかけたところで、私は振り返って口を開いた。





「あぁ、そうだ。忘れてました」
「何?」





 紅くなった頬がバレないように前を向き直して。

















「助けてくれて、ありがとうございました」


















 と礼を告げる。先輩はどーいたしまして、と嬉しそうに返事してくれた。





 どうして、嬉しそうなんでしょうか。





(……まぁ、いいか。)












 そのうち分かるでしょう。













 ――その意味を知るのは、あともう少し後のこと。





Fin.





翠鈴の趣味が爆発しました。

タイトルは直訳で決意です。今回はタイトルが二転三転しましたよ。

綾伊が大好きです。これは綾伊っぽくなかったですが。

綾部はほっぺたがぷよぷよしてそうです(意味不明)

まぁ、要するにそんな綾部が大好きなんです!


2009/11/21 PM05:25
翠鈴

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