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□霧森聖一郎の警備任務
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私の名前は藤林 早苗(ふじばやし さなえ)。

就職氷河期と呼ばれる未曾有の大不況に陥った現代日本を懸命に生き抜いている花も恥じらう女子大生だ。




……つい先日までは。




私は、『霧森社』というマイナー会社の面接に臨んだのだが殺人現場に行かされたり、家捜しさせられたり…大変な一日になってしまった。

面接だったはずなのに、いつの間にかちゃっかり試用期間が終わっていて『内定』をもらっていた。
一応の内定にも関わらず、社長からは早くも出社要請があり…というか、ほぼ強制に近かった。


私だって、四年生で卒業論文とか残り単位の消化とかしなきゃいけないくらい忙しいのに。
他の就職活動をする時間ももらえないらしい。

第一志望というわけでもなかったのに拒否出来ず、こうして足繁く事務所に来てしまう自分が情けない。


「…おはようございます…」

「ん、おはよう、早苗くん♪」

事務所に入るなり、社長デスクで椅子に座り、くるくると回転する姿を見せつけているのが、社長、“霧森聖一郎”。

お茶目の範疇を超えてる気がするが。

これが、依頼人だったらどうするのか。

「どうしたんだ〜い? そんな疲れた顔して〜…薬の飲みすぎ?」

「…違いますから〜」

注意しておくと、アノ日ではない。

笑いながら言う冗談でもないが、対応するにも元気が足りないのは事実。
本気なのかジョークなのか分かりにくい。


スラッとした長身で、どこかのアイドル事務所に所属していそうな均整の取れた顔立ちに、キラースマイル。
その顔から飛び出すつまらないジョークが私をげんなりさせているのは明白。

こんなのでも一応は私の雇用主だから質が悪い。
春になったら、早速春闘をしかけてやりたいわ。


「あ、早苗さん!
おはようございます」

「愛理沙ちゃ……さん、ぉ、おはようございます」

「……もぅ、そんな他人行儀な挨拶、辞めて下さいよ〜!」

目の前に舞い降りたのは、マイ天使であるところの“小枝愛理沙”ちゃん。

もう、朝から可愛いなぁ〜。

抱きしめたい欲求に駆られながらも、グッと堪える。
何故なら、彼女はこの霧森社が入る雑居ビルの“オーナー”なのだ。

「はい、疲れた時は甘めのミルクティーをどうぞ〜」

「ありがとうございます〜…って、私がやりますよッ!?」

「もぅ! だから、敬語は禁止です。
これは私の仕事なんですから、いいんです」

頬をプゥッと膨らませて怒る動作が一々可愛いなぁ〜…くそぅ。

そんなオーナーに逆らえずにカップを受け取ってしまう私。

「…美味しい…」

濃厚な香りが鼻孔を駆け抜け、仄かに甘いミルクが口内に染み渡る。

「でしょ〜ッ! わざわざインドから取り寄せた甲斐がありました〜♪」

何なんだ嬉しさ全開、可愛さ爆発のこの小動物は。

「…インドからってことは結構、高級なものなんじゃ……?」

「アッサムです♪」

「…はぁ…?」

「だから、アッサム地方で取れた茶葉なんですよ!」

紅茶のことは良く分からない。故に、どこかの巨大ロボットみたいな名前だなぁ、と思ってしまったくらいだ。

「愛理沙ちゃん、僕にもコーヒー、“いっぱい”くれないかい」

「は〜い、“一杯”ですね〜」

聖一郎のギャグを見事にスルーするとは、伊達にオーナーを名乗っているわけではないらしい。
私の前を通り、愛理沙ちゃんがコーヒーを運んで行く。

ちらっと見えた感じては、おぼんに乗せたコーヒーは真っ黒も真っ黒、黒を超えた闇のような色をしていた。

「……ちょっ、ちょっと愛理沙ちゃん…?」

「…はい〜…?」

「それは〜……コーヒー?」

「はい、コーヒーですよ?
聖一郎さんは、通常の三倍濃く煎れないとダメなんですよ〜」

「…はぁ…」

通常の三倍とは、またどっかの仮面兵士も真っ赤になりそうな濃さだ。
聖一郎は受け取ったコーヒーを一口。

「…ん〜、これでこそコーヒーだね」

「今日はコスタリカコーヒーにしてみました♪」

「なるほど…深い味わいに、強めの酸味……いいねぇ〜!」

ただコーヒーを飲む姿が画になる聖一郎。


「あ、早苗くん……夕方になったら仕事行くよ。
ん〜…その格好だと、ちょっとあれだから、ドレス着ようか」

「…ドレスって?……一体、どこへ行くんですか…?」

聖一郎の舐めるような視線に一抹の不安とこれから自分に訪れる不遇をどことなく悟ってしまった。

「まぁ〜…簡単な仕事だし、決して悪いことにはならない……と思うから…」

最後の方を小さく言いやがりましたよ、この社長は。

「よし、とにかくドレスを新調しないとね!」

「はい〜、行きましょう♪」

聖一郎と愛理沙ちゃんが同時に動き出し、私の両腕をがっしりとホールドする。

「え……っと、あの〜自分で出来ますから…」

「まぁまぁ、さ、行こうか!」

「行きましょうか〜♪」

私は抵抗の無駄を思い知らされた。
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