SS

□君に恋をした
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 どんなに不器用でも、伝えたいって強く思った。



 見覚えのありすぎる後ろ姿に懐かしくなって、賑わう商店街を歩いていた彼女にその手を伸ばす。
「やっと、会えたな」
「……」
 掴まれた腕を戸惑うように見た少女はその手を振り放って駆け出した。少し振り返って舌を出した彼女は容赦なく全力で走ってゆく。
「あっあいつ……待てよ十代!」
 青年もまた彼女を追いかけるため全力で細い坂道を走りだした。案外人が多く、なんとかスレスレに避けつつ赤い背中を追う。少しでもロスしたら彼女に追いつくなんて出来無さそうで気持ちばかりが焦る。
 人混みを抜けると開けた道に彼女の姿が見えた。まだ追いかけっこは続くらしく彼女はちょっとだけ振り返るとニッと口端を吊り上げそのまま走り続ける。
 彼女を追いかけることに夢中になっている内に潮風が吹き抜けてゆくことに気づいた。目の前を走っていた彼女が足を止めるとそこは透き通った海が小波を奏でながら広がっている。
「はぁっやっと捕まえたぜ」
「へへっ」
 いつになっても変わらない仕草で彼女は鼻を擦ると笑う。それが妙に懐かしい。
「DAでもこうしてよく海に来たよなー、懐かしいぜ」
 少女――十代はそういって茶色の髪を風に揺らした。彼女に合う光景で見惚れそうになりながらも青年、ヨハンも頷く。掴んだままの右腕は熱を持って彼女の暖かさを教えてくれた。
「ヨハンは元気にしてたか? オレはさっスッゲーワクワクすることがたくさんあった!」
 ヨハンの方へ振り向いた十代は思い出して興奮しているのか頬を朱に染めており、一度失ってしまったようにさえ思った変わらぬ笑顔に自然と頬が緩んでしまう。
「ああ、オレもだ。あれからワクワクしたことも、嬉しいこともたくさんあった」
 そう応えると彼女は綺麗に微笑んだ。小波の音だけが響く砂浜で二人っきり、彼女の笑顔も自分一人のものなのだと思うと胸の鼓動が早くなる。
「ヨハン、久々にデュエルしようぜ。お前の家族にだって負けないぜ」
「十代、その」
「? なんだよ?」
 まさかデュエル出来ないってか? そりゃないぜ!
 という表情でいる十代にヨハンは思いっきり目を瞑ってずっと言いたかった言葉を告げようとする。
 実はというとヨハンは決めていた。次に彼女に、十代にあったら告白をしようと。宝玉獣たちにも後押しをもらい、あのとき出来なかった告白を、十代にしようと。
 大人になった彼女は旅人だからだろうか、ろくに髪の毛も整えていないし化粧だってしていない。だが何年経っても彼女への想いは強くなるばかりだった。だから、ここで別れたらいつ会えるのかもわからない。ここで気持ちを伝えたかった。


「十代! オレは十代のことが、す」


 瞳を瞬かせていた十代は驚きに目を丸めることもなく、ヨハンが言い切る前に目を細めヨハンに抱きつく。ヨハンの方が反射的に固まってしまった。十代はヨハンの耳元に唇を寄せて囁く。
「バーカ、わかりやすいなぁヨハン?」
 ピシリ、と石のようになったヨハンの耳元で十代はクスクス笑うと、その頬にキスをした。ヨハンは一体どうなっているのかわからない。
『こういうのはね、女の子の方が察しがいいんだよ』
 とユベルが呆れたように言ったような気がした。
「オレもヨハンが好きだぜ」



 小波だけが響く海岸で、まるで夕日が祝福しているかのように沈んでゆく。






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十代の方が上手だったっていう話。

Up…2011.8/11


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