Doflamingo
□はじめましてより先にアイラブユー
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「いらっしゃいませ」
そう声を発する前から、透明な自動ドアの向こうの人物を私はしっかり確認していた。
確認して、いつもより少し意気揚々とした朗らかな声で挨拶をした。
その人は入って来るなりいつもの様に入口付近の本を立ち読みする。
その広い背中を私はレジカウンター越しに心行くまで眺める。
私がこのコンビニでアルバイトをする中で、指折りに好きな時間。
見上げる程高い身長に金色の短い髪、ど派手なピンク色のジャケットを羽織っていて、濃い紫色のサングラスをかけている。
そんな、一際目を引くお客さんに私の心は一瞬で奪われてしまった。
素顔を見た事もなければ、話した事も殆ど無い。でもその雰囲気や仕草、立ち居振る舞いが何とも言えないのだ。
それに、今日はまた特別に目を引くのが、いつものピンク色のジャケットではないそのスーツ姿。
ズボンにはきっちりと折り目がついていて、長い足をよりいっそう際立たせている。
真っ黒でシンプルなシングルの型で中も黒のシャツだけれど、胸元のポケットからはピンク色のハンカチがのぞいている。
めっちゃくちゃ格好いい…!
緩んではだらしなくニヤける顔を手で覆っていると、不意に肩を叩かれた。
はっと顔を上げれば、どうかしたか?と尋ねる見知った顔。
「あ、いえ…!大丈夫です。それよりトラファルガーさんこそどうして…?」
「あァ、急にシフト替わってくれって頼まれてな」
「それはご苦労様です」
「面倒だから断ろうと思ったが来てよかった。名無しさんが相方だったとはな」
「あはは、ありがとうございます。トラファルガーさんはのせ上手ですね」
「冗談じゃないぜ?」
トラファルガーさんはここで一番頼れる先輩。
トラファルガーさんは夜勤が多いから週に1度くらいしか会う機会は無いけれど、物知りでとても頼りになる。
意地悪しながらも、優しい物言いをする彼に私は直ぐ打ち解けた。
「そう言えば結構お久し振りですね」
「あァ、先週はずっと夜だっからな」
ふと見上げたトラファルガーさんの目元には、いつもより色濃いクマが。
「ト、トラファルガーさん!凄く顔色が悪いですよ…?やっぱり今日は休んで寝ていた方が…」
「いつもの事だから大丈夫だ。それより名無しさん、名前で呼べよ」
誰か替われそうな人に電話を…とあくせくする私へ事もなげにそんな事を言うトラファルガーさん。
「名前…?」
「あァ“ロー”って呼べよ」
「いや、でもそんな、先輩に対してあつかましいですから…」
「呼ばないなら今週も夜勤詰めにする」
「えぇ…!そ、それは駄目です!」
私が名前を呼ばないためにトラファルガーさんの健康を阻害してしまうなんて、それは困る…!それにまた暫く会えないのも寂しいし…
そう、うんうん悩んでいると、おかしそうに喉を鳴らすトラファルガーさん。
「やっぱお前最高に可愛いな」
「か、かわ…っ!?」
「意味わかんねェ交換条件で真剣に悩んでんだ。こんな可愛いヤツ他にいないだろ」
とうとう声に出して笑い始めたトラファルガーさん。
「何だか私アホみたいじゃないですか…!」
「褒めてる」
「えー…嬉しくありませんよ」
「だが条件は飲むんだよな?じゃなきゃ来週も夜勤にする」
「えっ!増えましたよ…?」
「嫌なら呼べ」
「分りました。呼べば……んぅっ!?」
いいんですね。と続くはずだった言葉は大きな掌によって遮られた。
何事かと思って腕の続く先を見やれば、胸元にのぞくピンク色のハンカチ。
「フフ、呼ばなくていい」
片手で足りる程しか聞いた事のない声がして、触れた事のない肌の感触がして…
私は何故がカウンター越しに、あの人の手によって口を塞がれていた。
「なんだアンタ、名無しさんを離せ」
今まで見た事の無い、とてつもなく怖い顔で私の背後の人物を睨み付けるトラファルガーさん。
しかしあの人は全く意に介さない様子でフフッ、と耳につく笑いをこぼしては更に私の身体を引き寄せた。
ただ私はさすがにのけ反る体勢が辛くなって、ぽんぽんと口を塞いでいた手を軽く叩いて合図を示せば離された手。
しかし安堵する暇も無く浮きあがった身体。
持ち上げられた身体はカウンターを越えて、あの人の腕の中へ。
見た目よりもがっしりした身体つきに、鼻を掠める独特な香り。
カウンター越しでは“見られない”部分を感じる身体はびりびりと痺れて言う事を聞いてくれない。
「ドフラミンゴ」
「え……?」
「おれの名前だ。お前が呼ぶのはこれだけでいい」
染み込む様に広がるその声は、私の脳までも支配する。
そして上手く回らない頭は、息つく暇も無い、深い深いくちづけで完全にショートしてしまった。
「他の名前を呼ぶなら塞いでやる」
はじめましてより先にアイラブユー
(じゃ、こいつは貰ってくぜ)
(待てテメェ、警察に突き出してやる!)
(フッフッフッ!おれが何をしたってんだ?)
(婦女暴行に誘拐…!立派な犯罪だろうが)
(フフフ、自分の女に愛を囁いただけだ)
(馬鹿言うな!名無しさんがいつテメェの女になった)
(たった今だ。それに、心は会った瞬間からおれのもんだからな。フフッ)