Doflamingo

□いとしきみへ
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扉が開く音がして、フワリと風が吹き抜けた。
名無しさんは手にしていた羽ペンを置くと、顔にかかった髪をかき上げる。

しかし、再度羽ペンを置いた場所に手をやっても、一向に手慣れた感触を感じない。




「ふふっ、“トラ”。ペンを返してもらえますか」




いつしかここへやって来ては、彼女の膝を陣取る迷い猫。
それがいつしか愛猫として彼女の部屋へ訪れては、好き勝手と戯れる“トラ”。




「『にゃー』」

「!!」




しかし返って来たのは、可愛げの無い、耳慣れない声。




「………誰…?」

「“トラ”だにゃー」




怯える心臓をおさめて浅く息を吐き呼吸を戻すと、確かに、背後に感じる人の気配。
その気配はゆっくりと、自分の隣りへ移動して行く。

すると何かが頬をかすめ、名無しさんは瞬時に身構える。集中して感触を感じ取ると、どうと言う事は無い、その羽ペンの羽。

しかし、“見えない”彼女にとっては、とてつもない“恐怖”。




「フフフッ!」




けれど隣りからする愉快そうな声に名無しさんは少し眉間に皺を寄せると、恐る恐るその人物がいるであろう場所へ手を差し出して行く…



 
「ドフラミンゴ!」




響く、耳慣れた声。




「よぉ、おつるさん」

「あんた、こんな所で何をやってるんだい」

「ん?おつるさんがおれに黙って良いもん隠してるみたいだからよ」




出しかけたまま行く先を失っていた手を引かれ、力のまま名無しさんの身体は椅子から引き上げるられると見知らぬ匂いに包まれる。

フワフワとした感触と、対照的に頬に感じるのは人の肌。

ただそれも一瞬の事で、「おやめ」と言うつるの言葉と共に、また別の力に引かれる身体は、今度は見知った匂いに包まれた。




「フフフ!大将殿のおでましとは」




ひやりとするこの感触は大将青キジのもの。知った感触に名無しさんの気も少し弛るまった。




「クザンさん…」

「名無しさんさん、大丈夫ですか?」

「フフ…、ソレは大将殿のものって訳か」

「彼女は“もの”ではない。口を慎め」




今度は部屋の空気ごと温度を下げたが、それもつるの一声ですぐに元へ戻る。




「ドフラミンゴ、この子には手を出すんじゃないよ。関心も持たない事。お前の遊び道具じゃ無いんだ」

「フフフッ、それだけ大事なもんなら鍵でもかけてしまっときゃいい」




いつに無く厳重なつるの物言いに、珍しく少し刺を含んで返すドフラミンゴ。それでもそれきり、興を削がれたとでも言う様に部屋から出て行った。



名無しさんがまた椅子に腰掛けると、いつの間にやって来たのか、今度は本物の愛猫がその膝にうずくまる。




「何か飲み物を持って来ましょうか」

「いいえ、大丈夫です。お気遣い有り難う御座います、クザンさん」

「名無しさん、お前もアレには近付くんじゃないよ」

「…はい…」




つるが“アレ”とさすのはつまりドフラミンゴの事。

 
名無しさんはゆっくり自身の膝で寛ぐ猫の頭を撫ぜた。





―――――


「トラー、トラー…?」




あれからも変わらず自分の膝へ寛ぎに来ていた愛猫が、何故か今日は幾らたっても姿を見せない。
それが耐え難く不安で、名無しさんは猫の名前を呼びながら海軍本部の廊下を1人彷徨っていた。




『ニャー…』

「トラ…!?」




聞き望んだ声のする方へ急いで駆け出すと、そこには最近知った香り…




「フフフッ!こりゃ珍しい。お姫様がこんな所を1人でフラフラしてちゃ危ないんじゃないのか?」




杖も持たず、連絡手段もない。今更ながら、自分の軽率な行動に眉をしかめる。




『ニャー』

「トラ…!」

「フフッなんだお前、舐めるなよ。おれの指は上手いか?」

「!、……珍しい、トラが、私以外に懐くだなんて…」




よく自室を訪れるつるにでさえ自分から擦り寄る事などしないのに…
確かに、歩み寄ってその身体に触れてみても、トラからは“好意”を感じた。




「フフッ、そいつは喜ばしい事みたいだな」

「えぇ、初めて見ました。あなた…ドフラミンゴさん…、ですよね?」

「あぁ」




名無しさんは猫の身体を撫ぜる優しい表情のまま、ドフラミンゴがいるであろう方向へ顔を向ける。
そしてまたあの時と同じ様に、手を差し出す…




「名無しさんさん…!」




自分の名前が呼ばれたと認識すると同じくして、身体が後ろへと引かれた。
流れ込む、凄く焦燥した感情に、自身の胸まで早鐘を打つ。




「クザン…さん?」

「名無しさん、コレには近付くんじゃないと言ったろ?」




自身を抱き留めるクザンとは別に、つるの咎める様な声がする。




「フフフッ、“コレ”とはひでぇ言い様だな、おつるさんよぉ」
 
「仕方ないだろ、名無しさんにとっちゃあんたはとてつもなく有害なんだよ」




“有害”その言葉に、少しドフラミンゴの口角が下がる。




「そいつはどう言う了見か、知る権利はあるよな?」

「はぁ…、この子はね、触れた人の心が分かるんだよ」




こんな時、つるが冗談を言う訳が無い事はよく知っている。




「正しくは人の感情、考えを見れる。時には過去の記憶さえ読み取れる」

「能力か?」

「生まれつきのね。目が見えなくなってからは特に、自分でその能力をコントロール出来る様になってね、意志でもって読み取れるのさ。
さっきはお前の感情を読み取ろうとした時に青キジが割って入ったからね、驚いたんだろう」




若干と放心状態でクザンの腕の中にいる名無しさんに目配せして、そう呟くつる。




「これで分かったろう?ドフラミンゴ。あんたがあの子に“有害”な理由が」

「フッ…、あぁ。そりゃ絶対に触っちゃならねェだろうな」




ドフラミンゴの感情や記憶を読み取ると言う事は、彼の見て来たものやして来たものを知ると言う事。
それは、名無しさんには極めて有害なのだ。




「フフッ、折角おもしれェもん見付けたと思ったのに、勿体ねェな」




そんな事を呟いて立ち去って行くドフラミンゴの背中を、名無しさんは黙って見つめていた。



 
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