mihawku

□例えばね、愛を語るなら 最強の剣で
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例えばこの物騒なモノを置いてあなたの手を取ったなら、私は“幸せ”になれるのかもしれない。

でもそれをしないのは、幸せになんてなりたくはないから。と言うわけではない。
あなたの囁く僅かなむつごとに浸っては甘い時間を過ごせると言うのなら、これ以上の幸せはない。

でもそんな事、決まってはい無いでしょう?




「もう、いいだろう」

「いいえ、まだよ」




間髪を入れずに返答すれば、彼は浅く息をはく。




「死ぬぞ」

「本望よ」




身体は雑巾にもならないくらいボロボロなのに、脳と口だけは別の生き物の様に軽快。




「貴方の命とも言えるその刀で最期を迎えられるのならば、本望」




とち狂っている。
それは、重々自覚している。分かっているからこそ、ほんのたまに、夢の様な幸せを思い描いたりもする。
その瞳の揺らぎをつぶさに感じ取るから彼は、私を切れ無い。


ただの女が刀など振りかざせはし無い。
しかし、少し剣の心得がある程度の女が、“鷹の目”に敵うはずも無い。
そんな事も、承知の沙汰。

それでも私が彼にその切っ先を向けるのは、私が彼よりも不器用で、誰よりも愚かしい人間だから。



 
「何処の馬の骨とも知れぬ輩の手で天国に行くより、貴方の手で地獄に叩き付けられた方がいいわ」

「生きる意志はないのか」




いつかの死より今の死を望むと言えば、海賊の口から出るには実に滑稽な言葉が飛び出した。




「今、ここで貴方の背中を見送ったなら、その背中は手の届かない所に行ってしまう」




彼が“七部海”と言う地位に身を置いたなら、私は刀を向ける理由を失ってしまう。

海兵である私が、政府公認の海賊に刀を突き付けるなどあってはなら無いから。




「親のカタキを、背中の文字と同列に掲げるなんて出来るはずが無い」




私の親は彼の手にかけられた。それから私は彼を憎み、海軍に入隊した。




「おれはお前を切らない」




そう言う建て前で、私はある時から“恩人”に刃を向け“カタキ”とした。




「切る価値も無い、という事ね」




再度握りこんだ柄の感触に、現実の無情さと自身の救い様も無い愚かしさを再認識した。

もう一太刀を振りかぶろうとした身体は刀を握り直す事もままならない程で、歴然たる力の差をありありと提示された。またそこまで衰弱した身体を自身では無く彼が先に見取っていた事に、自分自身の底の浅さを思い知った。


ふと、私は思い切り柄と刃を握り込み、自身の膝で彼に貰ったその刀をへし折った。

さすがにこの行動は予期していなかったのか、珍しく彼が目をむいている。




「誰かに自分の幕を引いて貰おうだなんてむしのいい話だったわね」




ごめんなさい。彼に背を向けてそう呟いては、研ぎ澄まされた切っ先を自分へ掲げた。




「おれはお前を切らない。切らせもしない」




力強いこの腕を、今初めて本当に憎いと思った。

 
私の親は彼の手にかけられた。不可抗力で。
本当に不可抗力と言う他無い事態で、彼に非は無かった。無かったが、切ったのは確かに自分の刀だからと、身寄りの無い私に目を掛けてくれた。

彼から剣を貰い、知識を貰い、不自由のない生活を貰い、掛け替えのない日常を貰い、当たり前の様に彼を愛した。

愛してしまった。人として以上に、男として、ミホークという人間を愛してしまった。




「貴方が死な無いのなら私を殺して。私を殺してくれ無いのなら自分で死なせて」

「言っただろ、おれはお前を切らないし、切らせもしない」




不可抗力でも親を殺めた人間を愛してしまったとか、そんな事では無く単に私は、彼に愛される保証など無い世界に佇むのが怖かったのだ。そんな、そんな酷く愚かな人間なのだ。

そんな人間に、他の誰からも愛される資格は無い。




「離して…、…ミホーク」

「お前はいつもおれの言葉を聞きはしないな」




何て声音で語りかけてくるのだろうか、そう頭の隅で思いつつも、彼は私に手をかけるつもりは本当に無いのだと悟った。ならばと、本部に連れて行ってくれと伝えれば大きな手によって視界は暗転した。




「背中の言葉を口にも出せないお前が、そこで何をする」




自分の醜さを揉み消すためだけに背負ったものは、私には重過ぎた。




「選択肢は、2つに1つではない」

「っ…わたし、は、愚かなの…醜いの………、わたしにとってこの世界は、綺麗過ぎる…」




醜悪した欲望が横行する世界でも、人々は生きる事に、欲求に、必死に、忠実に突き進む。
もう戻る事も進む事も出来無い私には、それが酷く羨ましいのだ。




「おれが言った事を覚えているか」



 
暗転した世界で、彼の声はよく響いた。
もう立つ事さえままなら無い私の身体は、背中で脈打つ彼の鼓動を鮮明に感じ取っていた。




「私を切らない……切る価値も、無い…」

「名無しさん、おれの世界は綺麗じゃない。何故ならお前を1人にして、おれしか見えない箱に閉じ込めようとしているからだ」




“不可抗力”それを否定しては恐ろしいまでの“事実”を告げ始めるその声。




「名無しさん、おれが言った事を覚えているか」




視界を遮っていたぬくもりが離れた。闇から明けた世界には、ミホークがいた。

彼の指が、首を伝い、顎を捕らえ、唇をなぞる。それはまるで…




「おれはお前を切らない、愛していると言ったんだ」




顔に“愛してる”と書かれているような、そんな酷く甘やかな行為だった。








例えばね、愛を語るなら 最強の剣で




(貴方と剣を交わすことがワタシの愛のカタチだから)
(お前が愛する者もお前を愛する者もおれだけでいい)


(3つ目の選択肢は、醜い世界で2人、共に生きる事)





 

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