mihawku
□例えばね、愛を語るなら 二人で空を見ながら
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「あら、空の星屑になったものとばかり思っていたわ」
自宅の扉を開けるとそこに、もう月日を数えるのも億劫になる程前に見たきりの人物がいた。
だから思わず出てしまった、心からの言葉。決して皮肉などではない。
「物騒な事を言うな」
「だって顔を見たのは随分と前だし、何の音沙汰も無いものだからてっきり」
買い出して来た物を片付けながらお湯を沸かす。
「コーヒーでいいかしら?」
「あぁ」
ハタから見れば熟年夫婦の様に写るかもしれないが、このやり取りにはだいぶとブランクがある。
しかし、彼が来る度やる事は同じだから、いやでも身体はそう動く。
「美味いな」
「ふふ、豆屋さんに言っておくわ。あの“鷹の目”が絶賛していたと」
「フッ」
もっぱら、この古臭くて苦い豆を好むのは彼くらいなものだから、そんな触れ込みがついても豆屋が喜ぶ様な事にはならないだろう。
「丁度買い出しをしてきた所なんだけど、何か食べる?」
「あぁ」
簡単に、お酒の肴の様なものを拵えては机に並べる。
「久し振りに食べると旨いな」
「ご機嫌とりなんかしなくていいわよ?そう言うの苦手なんだから、あなた」
「心外だな」
「どっちが?」
「フッ」
どちらもだ。なんて微笑む姿に大剣豪の覇気など見て取れない。
まさかこんなにも和やかな雰囲気になるとは思いもよらなかった。
「なぁ、名無しさん」
「なに」
「明日一緒に…」
「この町を出よう。なんていうんじゃないでしょうね?嫌よ」
「…何故」
「だって私、結婚したんだもの」
しかも、彼のこんな表情を見れるなんて。
「嘘よ」
「…」
「酷い顔よ?」
「…元々だ」
「あら、失礼」
冗談を言っても切り捨てられないのは特権かしら。
「でも、答えは本当よ」
私が彼と海に出たところで、何が出来ると言うのか。
女は元から現実主義だし、夢を見ていられる歳でもない。
「こんなおばさんが今更海に出てもね」
「お前がその言い草なら、おれはどうなる」
「…おじいちゃん?」
彼よりは格段に若くても、女は現実主義なのだ。一般人は陸の上で生きるのが一番な事くらい、海に出てみる前から分かっている。それに……
「名無しさん、今日の空は一段と星が綺麗に見える」
ふと彼は立上がり、私の手を引いて表へ出る。
「本当…」
「何故、今日来たか分かるか?」
「…星を見ながらロマンチックにプロポーズでも?」
「あぁ。星に願うくらい、お前が欲しいんだ。お前の重さくらいで、おれの船は沈まない」
例えばね、愛を語るなら 二人で空を見ながら
(ふふ、あなたが神頼み?でも、それを叶えられるのは神様じゃないみたいね)
(叶えてくれるか?)
(えぇ、そこまでいうなら叶えてさしあげましょう。ミホーク)