smoker

その題名は
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オープンテラスの一番端、2本の葉巻を口にくわえ、眉間に深い皺を刻み込んでは海賊の手配書を睨みつけている。


そんな人が、今日は葉巻を灰皿に押し付け、珈琲を飲みながら、活字の整列した本を読んでいる。

変わらず眉間に皺を寄せ、一定のペースでページがめくられていく。
時より、思い出した様に珈琲を口へ運ぶ。目線は文字を追ったまま、本をカップから遠ざける。その何気ない仕草で、やっぱり優しい人なんだと思える。


もともと本を読むのは好きだったけれど、スモーカー大佐のそんな姿を見て以来、明らかに私の読書時間は増えている。

朝の開店前、休憩時間、ちょっとした空き時間や勿論家に帰ってからも、暇さえあれば本を読むようになった。
本の内容が面白いというのは勿論だけれど、出来れば少しでもスモーカー大佐との接点が欲しかった。彼が好むものを、私も好きでいたかった。





私が勤める喫茶店に、よくいらっしゃる海軍のスモーカー大佐。
休憩がてらうちを利用してくれるのは、オープンテラスがあり見渡しがいいから。
そんな、お客様と店員、海軍大佐と一般的市民でしかない。でも、私が抱いているのは一種の憧れで、どうしたいなんて思いはなく、ただ目でその姿を追っていた。








 
最近、活字中毒とでも言うのだろうか…、喫茶店までの通勤時間は歩きのため本を読むことは無かったのに、朝読み始めた本の続きが気になって、歩きながらも読むようになってしまった。

そんな危険な事をしていたのがいけなかった……


どんっ、と真正面から何かにぶつかり、下を向いていた私はそのままよろけて倒れ込みそうになった。



「大丈夫か」



そう、腕を引き上げてもらえていなかったら、確実に足を捻っていたと思う…



「す、い、ません…!申し訳ありません、お、お怪我は…」



まくし立てて謝りながら、そう言いかけて言葉が詰まってしまった。

見上げた先にいたのはあのスモーカー大佐で、私が思い切りぶつかってしまったのもそのスモーカー大佐…
途端に、慌てるどころか停止してしまいそうな思考。
ぽかんとして言葉を紡げないでいると、大佐がフッと微笑んだ。



「そりゃこっちの台詞だ」



ぐんっと急上昇した体温に、早鐘をうつ心臓。まともに目なんて見ていられない。



「本が好きなのはいい事だが、歩きながらは危ねェな」

「はい…、すいませんでした」



深々頭を下げてその場を後にした。









 
その日は港に何組か海賊が現れたという噂を聞いた。その為か、スモーカー大佐は店にはいらっしゃらなかった。
いつもなら残念でならないけれど、今日ばかりは有り難かった。
私の顔を覚えてはいないだろうけど、私は頭にこびりついて離れない。さっきから同じシーンがひたすらにリプレイされて仕方がないのだ…









「お疲れ様です」



お店のシャッターを閉める店長の背中へ声をかけ、家路を辿る。

ただ、どうしてもむずむずしてしまう…朝読んでいた本の続きが、今更気になりだしてしまった。
かといって、朝の様な事を繰り返すわけにはいかない。

しかし家まではあと約20分程、早歩きしても15分。15分…、15分…、うーん……

と唸り声を漏らしながら歩いていると、普段気にして見ていなかった街頭の下に、ポツリと3人がけのベンチがあった。まるであつらえたかのようなそのセットに、私が飛びつかない訳がなかった。






キリのいい所まで、次の章まで、そう思って読み始めたものの、なかなか本を閉じる事が出来ない。

もう少し、もう少しとページをめくり、気づけば残りはあと僅か。よし、もうここまで来てしまったのなら最後まで……




「本当に本が好きなんだな」

「…!」


 
思わず、ページをめくりかけていた手が止まった。
声のした方を見やれば、白煙を吐き出しながらゆっくりとこちらへ近づいてくるスモーカー大佐の姿があった。

気づけば、明るかったはずの空はもう薄暗くなっていた。



「なかなかいい場所を見つけた様だが、今日はもう帰れ」



白煙と共に吐き出された言葉に、思わずすいません!と謝り、弾かれたように立ち上がった。そのまま本を鞄へしまい込み、スモーカー大佐へ会釈をして歩きだす。

思いがけずこんな所で大佐に出会うだなんて、と嬉しいやら驚いたやらで強く脈打つ胸に手を当て、落ち着かせようと試みるが、後ろから何故かそのスモーカー大佐も此方へ歩いて来るためになかなか収まらない。

ちらりと後ろを確認すれば、しっかりと眼が合ってしまった。しかし上手く言葉も出ず、不自然に逸らしてしまうと「派出所に戻る」と一言スモーカー大佐は呟いた。


そうして一定の距離を保ったまま歩き続け、家の側まで来た。




「あんたの家か」



私がふと向けた視線の先を、スモーカー大佐も見ていた。
そこで、大佐がわざわざ私を送ってくれたのだと気付いた。



「あ、ありがとうございます!」



気付いた時には、もうその大きな背中は私の先にあった。
こんな時くらい、なるべくはっきりと、でも結局は少しどもりながら投げたその声に、スモーカー大佐は軽く右手を挙げてくれた。





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