smoker

□例えばね、愛を語るなら それなりの礼儀があるでしょう
1ページ/1ページ


「おい」

「ス、スモーカーさん、少将殿に“おい”とは…」

「い、いいんです。大丈夫です。それよりもお久し振りですね、スモーカー准将殿、たしぎ少尉殿」

「お前こそ“殿”なんて付けてんな」




しまった。とか何とか言って手で口を押さえるこの女はいつまでたっても変わらない。




「しかし、御二方がわざわざこんな所まで足を運ばれる程の自体でも、私はこの後共に現地へ赴く事が出来ませんので…」




せめてもの“敬意”とするこいつの頭の中もやはり変わっていない。




「そうです、会議まで少し時間があるので、宜しければお茶を飲んで行って下さい。是非たしぎさんに食して頂きたいと思っていたお菓子があるんです」

「し、しかし…」

「行って来い」




躊躇するたしぎの背を押してやれば、ためらいながらも足を踏み出す。




「あの、…スモーカーさんに飲んで頂きたいコーヒーもあるのですが…」




身を竦め顔色を伺うその姿に、“少将”なんて名は冗談にしか聞こえない。
くしゃりと頭を撫で付け、貰う。と一言こぼせば花が咲いた様に微笑む。
 
前を歩く小さな背中には、その堅苦しい“正義”が何とも不釣り合いだった。






「やはり少将殿はここにとどまるのですね」

「えぇ、私が移動してはやはり大変らしいので」




事も無げに笑ってみせるその肩に、どれ程の重圧がのしかかっているかを知る者は極僅か。

海軍の頭脳…いや、枢軸といっても過言では無いだろう。そんな事を言えばこいつは大袈裟だとまた笑うだろうが、決して過度な言い回しでは無い。それ程の事をこいつは抱えている、こんな無邪気に笑いながら。




「あの…少将殿、その……お痩せに、なられましたか…?」

「あら、そう見えます?ならダイエットの成果が出ているのですね、嬉しい」

「仕事のし過ぎだろ」




切り込んで言葉を発せば、僅かに震えるその肩。見間違いかと思う程極僅かな変化だが、おれにはよく分かる。




「それが、ここに来てからは随分と楽をさせて頂いているんです。いつも定時には上がれますし、有能な補佐の方が沢山ついて下さって、実は私さぼってばかりなんです」




先程の笑みは何処へやら、能面の様な笑顔でさも愉快そうにこいつは話す。
こんなもので騙せると思われているのなら、どれ程に見くびられているのか…



「外へ出てろ」



おれはたしぎを外に締め出し、名無しさんへ歩み寄り低く呟く。



「海軍の最重要機密をいってに管理するヤツに、そんな余裕ある訳はねェだろ」



こいつは元々ローグタウンにいた。
その時は確か、階級は軍曹だったたしぎのすぐ下くらいで、海賊の討伐ばかりをしていたおれの替わりに管理雑務をいってに引き受けていた。
問題児とされていたおれがあの地位であそこにいれた一つの理由でもある。

本部は元から、こいつの頭のつくりの違いに気付いていたのだろう。暫くすると有無をいわさ無い移動命令がかかり、こいつは海軍本部へ移動となった。それと同時に突如少将と言う地位に跳ね上がる異例の昇進を果たし、それからずっとここに身を置いている。




「こんなにやつれて、目も当てられねェ」




いや、“身を置いている”だなんて生易しい言葉では無く、“閉じ込められている”と言った方が正しいだろう。




「『目も当てられない』とは、変わらず手厳しいですね、スモーカー“大佐”は」

「名無しさん…」




名前を呼べば、困った様に歪む唇。
やっぱりあの頃と変わらないその表情に手を伸ばそうとした時、ふと開かれた口。




「こんなに大事な役割を与えて頂いた事は、私の誇りです」




その顔は、おれの知らない…“少将”の顔。




「でも、ローグタウンに…スモーカー大佐のお側にいれた時の方が…幸せ、でした」




今にも泣き出しそうに笑うその顔は、おれのよく知る名無しさんの、初めて見せる本当の顔。




「名無しさん」



 
壊してしまわないようにそっと、それでいてきつく、この腕に閉じ込めた。

しかし、押し返す名無しさんの腕によってすぐほどく事になった。




「スモーカー准将」




“少将”の顔をして、真っ直ぐにおれを見上げる。

何も変わらないと思っていた事が、随分と変わった。目まぐるしい時代の波の中で、大丈夫だと名無しさんを送り出した…いや、名無しさんの手を離してしまったのは……




「例えばね、愛を語るならそれなりの礼儀があるでしょう」




だから葉巻を置いて……そう紡ぐ唇に、おれはありったけの愛を注いだ。


やっぱり、変わらない。
少しだけ逞しくなって、少しだけ素直になった名無しさんを愛しいと思う気持ちは、何も変わらずに膨らみ続けている。


互いに背負った“正義”。

でも今はそれをはぎ取って、その耳に、唇に、身体に、途方もない愛を語りかけよう。








例えばね、愛を語るなら それなりの礼儀があるでしょう




(守るべきものが、誇るべきものがこの背中にある。だからこの胸ではお前を抱きたい。)



―――――


台詞っぽく。というお言葉を頂きまして、そのまま使わせて頂きました。
私の書くヒロインが海軍の、しかもスモーカーさんの上司と言う設定は、とても珍しいと自ら思います。しかも原作の時間軸にそっていまして、ちょうど白ひげと対峙する直前の時になります。

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ