smoker

□例えばね、愛を語るなら その大きな手で
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今日は何もする気が起きなくて、仕事へ行くのが酷く億劫だった。

しかし、何もする気が起きないので休みます。なんてふざけた話、私の上司が許さないのもあるけれど、私自身、そんなことを許しはしない。


ひやりとし始めた朝の空気を頬に感じると、心ばかり気が引き締まった。




「おはようございます」

「たしぎ曹長、おはようございます」

「名無しさんさんは今日も早いですね」

「感心してねェでテメェも少しは早く来い、たしぎ」




冗談めかすようにたしぎ曹長の頭を撫で付けて現れた“上司”。

たちまち部屋には白煙が立ち込め独特の匂いが充満するが、その場にいた数名は一様に引き締まった表情になる。




「今日は早い方だと思ったのですが…」

「いつもよりはな。だが名無しさんが来てから1時間以上たってるぞ」




そんな事をサラリと呟いては、席に着いて書類に目を通し出すスモーカー大佐。

何故そんな事を知っているのか。と言えば、この人がそれよりも前に来ているから。と言う事になる。
私は1度も見掛けた事は無いけれど、見えない所で仕事をしているのだと思うと、消化しきれない気持ちがもやもやと渦巻いた。



 
―――


翌日、私は昨日よりも更に早く起き、家を出た。

昨日の朝の倦怠したような億劫な気分がまだ少しあったが、そんな事に構っている暇はなかった。


昨日も結局、大佐は誰よりも遅くまで仕事をしていた。
最近は殊更仕事が多く、詰めても詰め切れない仕事を抱えながら海賊の確保なども行なっていた。

デスクワークが性に合わない大佐にとっては、疲れも何時も以上溜まるであろう。そんな人に労われて早く帰されても、気持ちは晴れやかで無い。
それでも大佐は頑なに、自分より先に部下を帰そうとする。


残れないのなら、先に来てやればいい。

何故か私は、そんな風に意固地になっていた。





目を開けると、灰皿に押しつけられた葉巻が見えた。

あぁ、片付けなければ。すぐにいっぱいになってしまうんだから。何処かぼやけた思考の中、そんな事が1番に浮かんだ。
しかし、身体を包み込む柔らかな感触と、何処かでかいだこの香りがいやに心地よくて、もう暫くこうしていたかった…




「…!!!」




そうまどろみ始めた私の頭が、急に覚醒した。

今日は…今日は早起きして、早く仕事を…




「寝てろ」

「わっ!?」



 
一斉にぐるぐると動き出した頭が、またも柔らかいそれに押し戻された。




「スモ、カー…大佐…?」

「テメェは本当に無茶しやがる」




トレードマークの葉巻を咥えていなければ、ジャケットも羽織っていないが、この声は確かに大佐のもの。




「来てみりゃ鍵が開いてるから何かと思えば、真っ赤な顔して倒れてるんだからよ」




今日はいつもより早く起きて、少しでも仕事を片付けようと取り掛かって…




「自分が風邪引いてる事ぐらい気付け、鈍感女」

「風邪…?」

「あぁ。昨日から様子がおかしかったからまさかと思ったが、本当に気付いてなかったとはな」




合点が行った。昨日からの怠く億劫な気分はそのせいだったのか…
しかし、自分自身でそんな事に気付けないだなんて…




「仕事のし過ぎだ」

「っ…た、大佐には…言われたくありません」

「あ?」




いつも、誰よりも面倒事を抱え込んでは自分で何とかしてしまって、そのくせ部下の変化何かにはちゃんと気付いていて…




「俺はお前のおかげでだいぶ楽させてもらってるつもりだが?」




頭を包み込む大佐の大きな手からは、いつもの葉巻の香りがする。私の腰辺りにかけられた上着からも、大佐の匂いがする。




「自分の仕事は勿論、人の仕事まで手伝ってはまだやれる事はないかと探してんだ。そんな優秀な部下が1人いるおかげで、俺はだいぶ楽だがな」

「…大佐は…、いつも人の事ばかり…」



 
こうやって人の事ばかり気にかけて、自分の事は後回し…




「俺は自分の事しか考えないぞ?」

「…嘘ばっかり…」




額にあった手が不意に降りて来て、その大きな手はそれだけで私の視界を奪った。




「嘘じゃない。早く来れば名無しさんに会えるし、残ってりゃ名無しさんを最後まで見ていられる」




そっと額に触れたのは…




「やっぱり熱いな、お前。だが熱は額じゃ正しく計れないらしい」




出来たら離れないで欲しい。なんて思っていた手はあっさり離れて行って、変わりに酷く愉快そうな大佐の顔が視界を奪う。




「顔も真っ赤だな、名無しさん」




あぁ、何故こんな意地の悪い上司のために私は尽力したのか…

何故こんな意地の悪い上司を私は……




「ちゃんと熱、計ってやるよ」




好きになんかなってしまったのか。

そんな疑問は、落ちて来るくちづけと、包まれた手の温もりでうやむやに私の中に溶け込んだ。








例えばね、愛を語るなら その大きな手で




(でも何で、今まで朝会わなかったんですか?)
(朝オレに会う事によって、こうして意固地になったお前が更に早く来るのを阻止するためだ)
(う…)
(まぁ、これからは出来るだけ早く来い。朝から甘やかしてやるから)




―――――


なんだかドライな甘さになりました…!

こちらもカッコで(貴方に甘やかされるなんて不本意なんだけど)と頂きました。それをヒントにお話しを作って行ったのですが、難しかったです…もっと精進致します。

 

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