smoker
□例えばね、愛を語るなら 死ぬ前に
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「仕方がないわ。かの海賊王さえも敵わなかったんだもの」
気持ちのいい風が、吹き抜ける。
「お前も、死刑台で笑うのか」
白いレースのカーテンが、太陽の日差しをたっぷり集め揺れる。
「いやね、あんな格好いいこと出来ないわ」
そこからこぼれた光が照らす、白い、白いその肌。
もうどれくらい、彼女はこの白い部屋に横たわっているだろうか。
この部屋は時間感覚を失わせる。愛しい人と触れ合うその時間は、特に愛惜募るもので。
「格好良くなんざねぇ」
「ふふ、そうね。そんな海賊を捕まえる、准将殿の方が格好いいわね」
数日前まで、大量の医療チューブがその身体に絡み付いていた。
「随分と鼻につく言い方をするな」
「そんなことないわよ?だって勇敢な大佐殿が、未来の海賊王を追いかけて准将殿になって帰ってきたのだもの」
『まるでかの白ひげみたいで格好いいでしょ?』なんて自慢気に話していた。
「悪かった。だが、これからは一緒にいられる」
「ふふ、謝るなんてらしくないわ。意地悪し過ぎたかしら?」
そのチューブからは、彼女の生命源が送り込まれていた。
「チューブ…無くなったな」
「そうなの、折角白ひげみたいで格好良かったのに」
「まだ言ってたのか、それ」
「ふふ、でも身体が軽くなって良かったわ」
柔らかい風が、吹き抜ける。
「私、この部屋嫌いじゃないのよ」
風が、彼女の髪を揺らす。
「日当たりはいいし、窓からは緑が見えて、」
目を細めて小さく笑う。
「あなたが来てくれる。最高の物件だと思うわ」
その顔が、好きだ。
「だがここを新居にするなんざ、おれはごめんだ」
「あら、つれない」
「フッ、ここより良い所に家を建ててやるよ」
「あら…!たまには素敵な事を言うのね」
例えばそのチューブを外された理由が、もうそれに頼らなくてもよくなったからなのか、それとも、それに頼っていてももう、よくはならないからなのか、スモーカーは知らない。
「なぁ名無しさん、キスしていいか」
「!、ふふ、そんなこと改めて聞くなんて逆に恥ずかしいわ」
「それ以上も我慢がきかないかもしれないからな、先に断っとく」
そっと、その唇を啄む。
指先は冷たく、唇も随分と薄くなった様な気がするが、舌は燃える様にあつい。更に舌を絡めれば、更にあつくなっていく様に思う。
もっとあつく、身体中がほてるまで熱を送り込むため、スモーカーは更に深く、深く名無しさんを味わい駆り立てる。
「ふ、っ、はぁ……あなたのキスは、心臓に悪い」
「体力落ちたんじゃねぇか?」
「あなたと一緒にしないで欲しいわ」
「何なら鍛えてやるぜ?一晩中」
「ふふ、病人にとんでもないお誘いね。でもいいかもしれないわ」
目を細めて笑う、その顔が…
「名無しさん…」
「なに?スモーカー」
「名無しさん」
まるで泣いている様な。
「ねぇ、とっておきの口説き文句は、私がここを出てからにして欲しいの」
彼女の身体からチューブを外された理由を、スモーカーは知らない。
彼女の病気を、スモーカーは知らない。
彼女の苦しみを、スモーカーは知らない。
その腕が少し見ないうちに随分と細くなった事を問うても、海賊王の事など引っ張り出してはおかしそうに微笑むだけ。
自身の事を、スモーカーには知らせない名無しさん。
「いいかしら?」
「あぁ…」
「その時は、とっておきのプレゼントと一緒にお願いね」
スモーカーも、それ以上は聞けない。
こんな時、男はなんと弱い生き物なのか。
愛しい女を失うかもしれない。その可能性を、事実として受け止めるのが怖いのだ。
堪らなく、堪らなく愛した女を失うのが、恐ろしく怖いのだ。
「ふふ、あなたが“愛の言葉”なんて、なんて言うのかしら」
「ここを出たら存分に囁いてやるよ。腹がよじれるまでな」
「ふふ、そうね。ここを出たら…」
例えばね、愛を語るなら 死ぬ前に
【親愛なるスモーカーへ】
好きよ、大好き。愛してる。
あなたが葉巻をくわえる時の仕草が好きよ。私を見つけると葉巻を揉み消すあなたの優しさが大好き。
あなたの大きな手が好きよ。その手で頭を撫でられるのが大好き。
あなたの情けない顔が好きよ。その顔を私だけに見せてくれるあなたが大好き。
私を愛してくれたあなたが愛しくて堪らないわ。
好きよ。大好き。愛してるわ、スモーカー。
だから、約束を守ってね。きっと私と約束したはずよ、「とっておきの口説き文句は私がここを出てから」と。
だからね、とっておきの口説き文句をプレゼントする素敵な人を見つけてね。
大丈夫、あなたならすぐに見つかるわ。だってあなた程素敵な人そうそういないもの。だから私は幸せよ。あなたみたいな人に愛されて、凄く幸せ。ありがとう、スモーカー。
だからあなたも幸せになってね。きっと、絶対よ?守らなくちゃ化けて出るわよ。ふふ、それは困るでしょ?だからお願いね。
好きよ。大好き。愛してるわ、スモーカー。本当にありがとう。
【名無しさん】
―――――
あぁぁ…!だめだ!悲しいです…やっぱり切ないのは悲しくなってきてちゃんとかけない……
亡くなる前に、スモーカーさんへのありったけの愛と感謝を手紙に込めたのです。
スモーカーさんはこれを、その通り、名無しさんさんが病院を“出てから”読むのです。