smoker

□花火が終わっても愛し合おう
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私は、一大決心をしたのです。

それはそれは勇気のいるものでして、何度も何度も述べる内容を復唱し、鏡の前で練習もしたのです。
だから、今少しでも気を弛めては、意図せず練習の成果を発揮してしまいかねないのです。ですから…



「名無しさん軍曹…夏休みのご予定は…」

「名無しさんさん、海へ行きませんか?」

「名無しさんさん、近々夏祭りがあるらしくて…」



出来たら今は、話しかけないで頂きたくて…



「す、すいません。夏休みは返上で仕事がありまして…それに、人の多い所はあまり得意でなくて……。本当にすいません…」



さぁ、私の決心がへこたれてしまう前に早く行かねばなりません。スモ…



「スモーカー大佐!今日花火が打ち上がるんです。お暇でしたら一緒に見ませんか?」



わぁ!凄い私…!一週間前から必死に練習して来た内容をこんなにさり気なくスラスラ言えるだなんて…!


……


…ありえない……

私が一週間から必死に練習してきた内容を、まさに理想通り形にしたのは、最近噂の可愛らしい新兵さん。



「悪いが、興味ねぇ」

「えー!行きましょうよー」
 
「そんな人だらけの中、んなもん見るエネルギーあるなら他へ回せ」



それはそれは、見る間にへこたれて行く私の決心。





「あぁ、名無しさん。どうした」

「え…あ、はい。いえ、あ、…この間の書類が仕上がりましたので、目を通して頂きたいのですが…」

「おう、この間って昨日のか。流石だな、仕事が早い」



もう、くにゃくにゃのベッコベコな私の“決心”と“心”に、その笑顔は眩しくて堪らない。
眩しくて眩しくて、もう、帰りたい…




―――


「流石だな」



執務室に行き、本当に仕上げ終わっていた書類を提出した。



「内容も完璧だ。お前は本当に要領が良くて…」

「スモーカーさ…わぁっ!!」



ガシャーン…!



「…たしぎとは大違いだ。それで、お前は何の用だ」

「あ、はい。スモーカーさん、花火見に行くならと思ってレジャーシートを…」

「は?お前、俺がいつあんなもん見に行くなんて言った」

「へ?だって名無しさんさ…」

「たしぎ曹長!私と見に行きましょう花火…!」

「えっ!?だって…」

「さ、場所はどの辺りがいいか決めましょうか。大佐、後でまた別の書類を持って参りますので印をお願い致します」


 
では失礼致します。とたしぎさんを道連れて足早に執務室を後にした。




「名無しさんさん…!どう言う事ですか?スモーカーさんを花火に誘ったんじゃ…」



そう、今日スモーカー大佐を誘って花火を見に行きたいと、ここ数日仕事をつめては夏休みも潰す覚悟で準備をしてきたのだけれど…
私のへたりこんだ“決心”はもう立ち上がれそうにも無い。



「いいんです、もう…。今日やらなくちゃいけない仕事もありますし。…大佐は花火がお好きでは無い様ですから」

「名無しさんさん…」




―――


ふと時計を見やればそろそろ花火の打ち上がる時間に。
司書室に籠り、資料を読みふけっていたために時間感覚が麻痺していたが、部屋の小窓を覗けば花火が良く映えるであろう真っ黒な空。

そう言えば…と書類の事を思い出した。後で持って行きますと取り繕ったきり忘れていた物。
この時間では大佐はいらっしゃらないだろうけれど、一応提出しておこう…と、今日は一段と静かな廊下をとぼとぼと歩き執務室の扉を開けた。



「あぁ、名無しさん。来たか」

「!」



誰もいるはずが無いと、ノックもせずに開けたのに、そこにはさも当たり前にスモーカー大佐がいらっしゃった。


 
「たい…さ…、何故…?」

「お前が別の書類を持ってるから印を押してくれと言ったんだろ?」

「待って…いて、っ…すいません…!大変お待たせしてしまって、その、本当に…」

「お前こそいいのか、花火。たしぎと見に行くんじゃなかったのか?」



フワリと吐き出される、葉巻の煙とその言葉。それは意外にも穏やかな声音。



「もう始まるぞ」

「…たしぎ曹長は、他に行くお相手をみつけられた様なので」

「そうか。お前自身はいいのか」

「え…あぁ、はい。1人で見に行くのも、淋しいものがありますので」



それよりもこうして、大佐と一緒に、2人でいれる時間を噛み締めたい。極僅かでも。



「なら暫くここにいればいい」

「……、?」

「俺はまだ暫く帰らない。それにここは穴場でな、良く見えるんだ」



手招かれるまま大佐の元へ行けば、窓の外には綺麗に咲き誇る火の花。



「それに、人も来ないしな」



そして腕を引かれるまま大佐の膝の上に…



「えっ!あ、あの…!」

「特等席だ」

「!、……大佐、花火には、興味が無かったのでは…」

「ん?あぁ。興味ねぇヤツと見るならな。だがお前となら興も沸く」


 
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