kid

□例えばね愛を語るなら とびきり甘く
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ここ数日、今まで考えもしなかった事がひょっこり現れて、頭の隅に座り込んでいる。

その対象を見据え、じっと考えをめぐらせても理由は見えてこない。むしろ、見れば見る程に…




「おれの顔に何か付いてるか」




そっと彼の髪を指でつついてやると、綿毛はまたフワフワと風に乗って流れて行った。

チラリとこちらを一瞥した彼に「髪に綿毛が」と言うと、また腕を組んでは目を瞑った。


艶やかにも落ち着いた色をほころばせる花達が、まるで引き立て役の様になり一層際立つその“赤”。



彼が3億を超える賞金首で、世間では“ルーキー”と呼ばれる凄い海賊団の船長さんであると知ったのはついこの間の事。

初めて会った時、確かにこの辺りでは見ない風体の人だとは思ったけれどまさか海賊だったとは…そう言ったなら、彼は実におかしそうに笑った。

最初はただふらりと、本当に気紛れの様に現れてからというもの、こうして毎日こんなしがない“花屋”に訪れる人が海賊だなんて誰が思おう?




「“ログ”が溜まるまで、あと何日ですか…?」




パチパチとはさみで茎の根元を切り落としていく。そして少しでも長持ちする様に、切り口を熱湯で消毒する。



 
「今日を入れて3日後の昼には出る」




質問の答えと共に、極自然に作業を手伝ってくれるキラーさん。




「あら、もうそんな…」




飲み水よりも綺麗に洗浄された水をバケツいっぱいに汲むと、また至極当然の様にそのバケツを持ってくれる船員の方。




「寂しくなりますね」


「来るか」




彼らがこの島に来てからというもの、このしがない花屋でせっせと花の世話をする“海賊”の姿が毎日見受けられた。




「一緒に来るか」




“赤”には、人を魅了する力がある。
鮮烈な“赤”を持つのは彼の才能。




「お花達を枯らす訳にはいきません」




ここは、花を“売る”花屋と言うより、花を“生かす”花屋。
ここにいる花達はどれも、むやみに刈り取られたり、踏み付けられたりして命を失いかけたものばかり。
そんな花を生き返らせるのが私の仕事。




「ハッ、やっぱり面白れェ」




彼は近くにあったこぶりの鉢を手に取ると、そこに植わっている小さな蕾をマジマジと見つめた。
それは2週間前彼が初めて現れた時、店の前で踏み付けた名も無い蕾。




「すっかり元通りだな。“能力”を使った訳でもねェのに」

 
「養分を沢山含んだ土に、添え木と一緒に植えて水をあげる。あとは、愛情をたっぷりこめて話しかけてあげればみんな本来の生きる力を取り戻すんです」




特に花を咲かす前の蕾の生命力には目を見張るものがある。


初めて会った時にも、似た様な話をした気がする。

初対面の人に、それも知らなかったとはいえ億越えの海賊である彼を叱り付け、あまつさえ植物が何たるかという事について説教までたれた。
しかしそれからというもの、彼はこうして店にやって来ては1日の大半を椅子に座り込んで、うつらうつらと花の中で過ごしていく。




「明日の夜、細やかですがお礼をこめたおもてなしをさせて下さい」




そんな言葉が何のためらいもなく出て来る程に、彼らとの時間は近いものだった。






―――


次の日も、何の代わりも無く彼はやって来た。ただこうして彼がこの椅子に座るのも今日が最後。


ふと、頭の隅に座り込んでいた事がうずうずと私を揺るがす。




「今度は何がついてる」




確かに目を瞑ったまま発せられたその声に、彼へ伸びていた私の手が宙をかく。

その手を握り締め、戒める。




「やめろ、痛めるだろ」



 
そっと私の手を包み込む大きな手に、強く握り締めていた拳をほどかれ、そのまま絡めとられた指。その指先についている細かい傷を、彼の指が撫ぜる。

それはお花の世話をする中で増えて行った、私の小さい誇り。


そうかと思えば今度はその赤い唇を寄せ、そんな傷1つ1つへ慈しむ様に口づける。
時より赤い舌がちらりと垣間見え、ざらついたその感触が指先から全身へ広がった。

ぞくぞくと背筋をかけ上がる感覚に、その魅惑的な“赤”に、言葉も出ない。目が離せない。


気付けばもう片方の腕に頭を引き寄せられ、随分と近い距離で彼の舌が私の指を舐めあげる様を見ていた。

不意に、その目が私自身に向けられる。




「また来る」




そう呟き、彼は店を後にした。


私は力の抜けた腰を支えきれず、暫くそこに座り込んでいたが、余韻を振りほどいて夜の準備にとりかかった。





お店を手伝ってくれて、色々な話を聞かせてくれて、彼らに出会ってからの日々はとても充実したものだった。

“海賊”と言う肩書きはあれど、夢を持った人は実に輝かしい。そんな姿に、単に感動した。



 
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