crocodile

□勝率ゼロパーセントの女神
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「テメェは本当に賭事にむかねェ女だ」



クロコダイル様は、今までに見たことがない程上機嫌な様相でそう仰ってはカードを翻した。

ロイヤルストレートフラッシュ、と言っただろうか…先程教えて頂いたばかりでだいぶと危ういルールの記憶でも自分が惨敗したのだと言うことは分かった。



「お、お言葉ですが…、初めに、そう…申し上げたかと……」



サー・クロコダイル様をオーナーとするこの大きなカジノでフロアスタッフとして働く自分が、先程珍しく店に顔を出されたそのオーナー、クロコダイル様のポーカーのお相手をする事になった。

しがないながらありがたくも、フロアスタッフのチーフと呼ばれる肩書きを頂いていた私は、専任してクロコダイル様へお酒や食事を運ぶ役目を担っていた。
先程も新しいお酒をお運びするため一旦退室しようとした所で突如呼び止められ、何故かこんな事になってしまった。

しかし、カジノで働いておきながら賭事はからきしで、勿論ディーラーの仕事をした経験もない。ポーカーのルールさえ知らないのにお相手を担うなど役不足も甚だしいですと述べたのに、構わないからと大まかなルールを教えて頂きゲームは始まってしまった。
が、やはり幾ばくも立たないうちにその勝負はついた。



「お前の場合は知識云々じゃねェ。顔に出過ぎだ」



ふと、目の前にいた人物が消えた…と思えばそれは砂となり、自分のすぐ隣りにその形を成していた。

瞬く間とはこの事か、と自分の横に移動した上機嫌な笑みを凝視してしまうと、不意にその筋張った指に顎を捕らえられ、互いの吐息が絡みつく程の距離で固定されてしまった。
ピントも合わない程の距離にその美しいお顔が迫り、捕らえられいるのは顎だけなのに、指1本さえ動かせず、声もあげられない。



「ほらな、分かりやす過ぎんだ」



それでも、顔から耳から指先まで、身体中真っ赤に染まりあがっているのが自分でも分かる。
頭の中はぐちゃぐちゃで、まばたきも忘れてとにかく暑くてたまらなくてあぁ何だか涙も出て来そうなあれコレは汗だったかしらというより自分は何をしていたんだっけか……



「やっぱり、引きはいい」



もうオーバーヒート寸前でくらくらとする頭に、濃密なバスが響く。
よく目を瞬かせれば既に私を解放していたクロコダイル様の手には先程まで私が手にしていたカードが。それを見ながら思案してはグラスに残っていたワインを煽る様を見て、新しいボトルをお持ちしなければ、と本来の職務を思い出し自然と腰を持ち上げた。
 
持ち上げた…はずであったのに、身体は自分の思った動きが出来ずに元のソファ…より随分しっかりとしたクロコダイル様の膝間へと落としこまれた。
背中に感じる逞しい胸板に、否が応でもまた全身真っ赤に茹だってしまう。



『新しいボトルと、ポーカーに腕のある奴を連れてこい』



もう、一体何がなんだか何故がどうしてか…兎に角張り裂けんばかりに心臓はばくばくと脈打ち痛いくらいなのだけれど、それを訴える勇気もなければ言葉も見つからない。
何故、どうして…考え様にも頭は全く回らないくせに、背中に感じるクロコダイル様の気配には酷く敏感で、脈拍は更に加速する。



「随分とうるせェ心臓だなァ」

「ひっ…!」



するりとその右手が胸元にやってきては、シャツの僅かな隙間から素肌に触れるものだから、小さくも思わず悲鳴じみた声をあげてしまう。
すると、背後からそれは機嫌のいい喉の揺れを感じた。
その途端、ぷちぷちとそれはもう鮮やかな手付きでシャツのボタンが外されていき、遮る間もなく全て外されてしまった。
呆気に取られ呆然としていると、ひやりとした感触に身体が跳ねた。首筋に当てがわれた鋭い鉤爪。それが肌を伝い下って自分の胸に巻かれた“サラシ”を引き裂いた。



「楽になっただろ」



この仕事柄、性別が意図せず吉凶を招く事もある。勿論、サラシを巻いたとて女性であると言う事を隠せる訳ではないし、自分自身隠すつもりはない。ただ、利便性と己の中の線引きとして普段から着用していた物だった。

なので、確かにそれは少しキツめに心臓を圧迫してはいたが、この異常な脈拍数は呼吸の困難さからではない…
むしろこんな状態になっては更にそれは悪化するばかり…


 
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