crocodile
□勝率ゼロパーセントの女神
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「せっかくイイもん持ってんだ、隠すな」
その鉤爪が、するすると喉元から腹部にかけて滑り降りていく。
もう、とてつもない緊張と羞恥のあまり意識が朦朧とし始めいっそこのまま気を失ってしまえば全て悪戯な夢で終わるのではと意識を手放しかけた時「失礼します」と違うフロアスタッフの声が聞こえ一気に現実へ引き戻された。
改めて自分の現状を確認すれば、クロコダイル様の膝の間に抱きかかえられシャツの前は全開で中には何も身につけていない。
なんとあられもない姿を晒しているのかと、今日1番の俊敏な動きでシャツのボタンを全てとめた。
「ククク…、賢明な判断だ」
ふと、目の前には新しいボトルと冷えたグラス。
突如、自分の本来の役目を思い出した。
「あ、あの…、オ、オーナー…わた…、じ…自分の、自分の本来の職務を…」
まっとうさせて頂きたいのですが…と続くはずだった言葉は、突如口へねじ込まれた鉤爪によって遮られてしまった。
思わぬ事に目を白黒させていると、強引に顔が上向けられ、またもかなりな至近距離にその造形美が現れた。
「仕事熱心なのはいい事だが、随分と色気のねェ物言いだな」
すいません、と頭を下げようにもその頭は固定され口には鉤爪が押し詰められたまま。
先程と比べどこか優れない表情の原因が自分であるのは確か。ただ、何故そうなってしまったかは分からずともなんとかせねばと足りない頭を回すも追い付かない。
「今から、おれのポーカーのパートナーをする事、それがお前の仕事だ」
いやそんなパートナーだなんて、ポーカーのお相手をするより荷が重たい…と言うよりパートナーとは一体何を……と伺いたい事はあれどろくに言葉にならない。
「…ん、ふ……ぅ…!」
兎に角鉤爪だけでも退けては頂けないかととりあえず声を発してみるも、不明な擬音と溜まった唾液が口の端から漏れ出てしまうばかりでどうしようもない。
しかし、クロコダイル様の口元は見る間につり上がり弧を絵描いていた。
「悪くない」
更にそのお顔が近付いたかと思えば、私の口端から零れるそれをべろりと舐めあげた。
あぁ…もう、後生ですからどなたか私の心臓を止めて下さい……
そんな願いが頭をよぎった時、やっと鉤爪を外し頭を解放して下さった。
「お前はただカードを引けばいい」
また突如ルールを説明され、先程と同じ様にゲームが始まった。 ただ今度は相手が腕に覚えのあるこのカジノのディーラーさんで、私はクロコダイル様のカードを引くだけ。それ以外はクロコダイル様が自ら全て行うので、私はただ自分の引いたカードの行く末を見詰めていた。
しかしふと、クロコダイル様の手が首元に伸びて来たかと思えば、きっちりと一番上までしめたシャツのボタンを外し始めた。先程よりもゆっくり、じっとりとした手付きでひとつづつ外されていくそれに、ひっくり返りつつも声をあげてしまう。
「あ、あ、あの…、こ、これは……」
「お前は実に引きが強い、だが顔に出るのが難点だ。だから、何も考えるな」
こんなにも上機嫌な…楽しそうな様相のクロコダイル様を見るのは初めてで、思わず見惚れてしまうも、いやそんな…
「こ、この様な、状況で…何も、とは……」
不動明王様でも無理な話ではないか…などと思っていた矢先、その指は2、3個ボタンを外して下へ降りた。かと思えば服の中へ潜り脇腹を撫ぜた。
「おれの事以外何も考えるな、名無しさん」
その指が好きに跳ね回る度、自分の身体もびくりと跳ね上がってしまう。
羞恥と緊張、そして悪戯な笑みを含んだクロコダイル様の表情が頭にこびりついて、目の前に人がいる事だとか、何故クロコダイル様が私の名前を知っているのかだとか、そんな事を思案する隙もなかった。ただ…
「ほら、引け。名無しさん」
そう促される度カードを引くだけ。
そうしているうちにいつの間にか勝負はついていた様で、相手のディーラーさんがカードを片付けていた。
「やはりお前は恐ろしい強運の持ち主だ」
グラスに注がれたワインがくるくると回っている。
ふと頭が落ち着いてくると、絡め取られていた思考が一気に解放され頭の中は凄まじく混乱していく。
私は一体仕事もせずに何故こんな…いや、カードを引くのが仕事で…となった発端は一体何で…それよりこのままではまずい非常にまずい早くここから離れてそして……
「名無しさん」
まるで凶器の様なその声音に、またしても思考は絡め取られてしまった。
するとふわりと身体が浮いて、その身体ごとクロコダイル様と向き合う形になった。
「その服はお前に合っていない」