text「parallel」

□白砂行
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夜。
真っ暗な岩の牢屋では、時間は潮の流れで感じる。
すっかり意気消沈していたシンタローの頬の上を、岩の隙間から入ってきた小エビが歩く。そのくすぐったい刺激にシンタローの意識が戻る。
「あ・・・」
闇の中でも、それが小エビなのだと人魚には分かるのだ。
「ふふ、ありがと。大丈夫、俺は元気だよ。アイツがちょっと寂しそうにしてるからさ・・・」
マジックの胸の鱗は、人魚に彼の不安を切実に伝えてくる。
すると、小エビはひらひらと長い触角を動かした。
「そうだな。元気出さないとナ。俺がへばってちゃ、ダメだよな・・・」
ジャンが。
ジャンが戻って来てくれたら、きっと何とかなる。
仲間たちはマジックを探りに行ったようだが、接触は避けたようだった。マジックも気づいていない。シンタローは少しほっとしていた。
思えば、仲間たちは人間の事を良く思ってはいない。
海の生物を遠慮なく食べ、夜に現れ悲しい歌ばかり歌って人間の船を沈めるセイレーンも、元は人間だった。同族で、しかも人魚には到底理解できない理由で殺し合う人間という存在を、人魚は嫌っていると言ってもいい。彼らがマジックに近づかなかったのも、それが原因だった。
「でも、アイツは違う・・・」
シンタローはマジックが、島で海の生物を獲って食べた所を一度も見た事がない。
食べないわけではないのだろうが、多分、それは自分を思いやってのことだと分かっていた。
実際には、海の中には生存競争があり、さっきまで遊んでいたカニが、人魚と泳ぐスピードを競っていたイカに食べられる事もある。シンタローは、もしもマジックが海で何かを獲って食べたとしても、それは生きる為には仕方がない事だと思っただろう。
それなのに、気を使ってくれていた。
シンタローが、そんな人間を嫌う事などありえなかった。
「会いたいな・・・」
マジックの事を考えると、シンタローの胸がきゅっと締めつけられる。
自分がこんな風に誰かのことばかり考えるのは初めてで、シンタローはその感情に戸惑いながらも、抗えずにいた。
『愛してる』
マジックの優しい声を思い出す。シンタローはその言葉の意味など知らなくても、言われると身体の奥で何かが熱で溶ける。
マジックが触れたところから、シンタローの肌が溶ける。
彼を受け入れると、熱はピークに達して、シンタローは苦しくなる。海中で呼吸が出来なくなることなどないのに、空気が欲しくなる。
開いてしまう唇からは、甘い叫びが迸ってしまう。
上へ上へと意識は高みを目指して。


「・・・はぁっ・・・!」

暗闇の中で、シンタローは無意識のうちに、自らの内部へ指を入れていた。
もどかしい手の動きだったが、頭の中ではそれはマジックの指だった。
突起から何かが弾けて、シンタローは意識を取り戻した。
小エビはいつのまにかいなくなっている。
誰も見られてはいないのに、羞恥心で頬が火照った。
「・・・俺、何やってんだろ・・・」
熱が冷め始めて、飛び出してしまった自身を自分で押し込むのはなんだか情けなかった。

彼に会いたい。
マジックに触れたい。

閉じ込められているという緊張がシンタローをより強くそう感じさせていた。
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