text「parallel」

□オリ
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島では、日に何度もスコールが降る。
それはごく短い時間で大量に降っては、また乾く。
島の中央付近には、小さいが地下水が湧き出す泉があり、小川が流れて、折角蓄えていた水を海へと返していた。

ザーーーーッ

今日、何度目かの雨だ。口元に滴る雨粒が私の喉を潤す。
不思議な事に、人魚と繋がって以来、私は食事をあまり必要としなくなった。
1日に果物が一つ。それで十分だ。
そして、それすらも、何か義務感に駆られて行っているような気がしている。
遠からず、私は何も食べなくなるだろう。
それは確信に近い予感だ。
「不思議なものだな・・・」
私は水滴を落とし続ける天を仰いだ。
大粒の一滴一滴が、私の身体を打つ。
目を閉じて、肌を流れる滴りを感じていると、身体が洗われる気がする。
このまま雨に溶けて、海に流れてしまえばよい。
彼が遊ぶ、あの波の一つになればいい。私の心は、砂に沁みて、彼がいる砂浜へと向かっていった。
しかし、天は無情である。
スコールは、今日の分の水を落とすと、ぴたりと止み、何もなかったように島は晴れ、強い日差しが私の肌を焼いた。
その熱さに、私は現実へと引き戻される。
前を見ると、人魚が寄せる波に身体を任せてごろごろと浜辺を転がり、また返る波に乗っては転がっていた。
外見は立派な青年だが、その様子はまるで子供だ。
「楽しい?」
近寄って声を掛ける。
砂まみれのシンタローが、身体を起こして、にっと笑った。
「楽しいよ。アンタもする?」
「いいや、私は遠慮するよ」
私は断って、それから彼の姿を眺める。本当に不思議な存在だと思う。半分が人間で半分が魚という造形もさることながら、存在そのものが私の理解を超えている。

神は何故彼を造った?

生きる為に他者の命を奪う必要がないなら、彼は何をするというのだろうか?
波に戯れて、イルカやカメと遊んで、それだけなのか?

「あ。ホラ」
シンタローが、砂まみれの腕を私に差し出した。
「ここ」
シンタローが指で示した先には、幼児の爪ぐらいの、小さな貝殻が貼りついていた。
「かわいいね」
波に洗われてすっかり色を失くしたその貝殻を、私が指で摘まむとぱきりと壊れてしまった。
「あ・・・ごめんよ」
慌ててシンタローの顔色を窺ったが、彼は「別に」と言うと、再び自分の腕に付いた何かを探した。
「それより、こっちも」
次に彼が指さしたそれは、芥子粒にトゲが生えたような形をしたモノだった。星型と言った方がいいのだろうか。見た事がないものだ。
「なんだい、これは?」
「海の中にいっぱいいるんだ。珊瑚の間とか海藻にくっついてたりする。これは死んでるけど」
人魚というものは、海の生物について詳しいものだと思うのだが、残念なことに、それを人間に分かる形で伝えることができない。この微生物が珊瑚の間にいたり、多く生息していても、それは至極当然で、人間が知りたいのはそういう事ではないのだ。
「では、名前は?」
「名前・・・・?」
シンタローは今度は少し困ったような顔をした。
それで、私はまた自分が考え違いをしていたことに気付く。

名前など必要ないのだ、と。

「いいよ。この子はこの子だものね」
私がそう言うと、シンタローは「ん」と頷いて、砂を掴んだ。そして、私に言う。
「人間も死んだら、こんな風になるのか?」
「え?」
「魚も貝もクジラも・・・最後は、砂になる。お前もか?」
掴んだ砂は白く、それはよく見れば、砕けた貝殻やさっきの白い星の粒が混じっていた。
この島の砂は、生き物の遺骸なのだ。
「・・・・そうだね。時間はかかるけど、多分そうなるよ」
この島で死を迎えたなら、私もこの砂の仲間入りだ。
私は、波ではなく、砂になってお前にまとわりつくのか。ふと、そんな事を思った。
すると。
「人魚は死んだら、泡になって消えるんだ」
さらりと、シンタローが言った。
私は、一瞬、彼が何を言っているのか理解できず、問い返した。
「泡?」
「うん。それで海に溶ける」
聞き間違いではなかった。
「・・・寿命ってあるのかい?」
100歳で大人になると言っていたから、私が想像するよりも、その生は遥かに長いだろうと思ったのだが。
「分からない。いきなり消えるから」
それはどういうことなのだろうか。まだ50年しか生きていないお前も、突然、消えてしまうというのか。
しかし、シンタローはそれ以上は言わなかった。
「お前が消えたら、私は悲しいよ」
私は彼を胸に抱き寄せた。
腕の中で、人魚も私を抱き返して、
「俺はまだ消えないよ。それは分かる」
と静かに答えた。
「・・・・お前がいなくなったら・・・私は」
生きてはいけないよ。
そう言おうとして、私は思いとどまった。
先立つのは自分の方なのだ。
砂にまみれた身体が、ざらりとする。

それが、自分と人魚との距離のようだった。

「・・・ちょっと痛い」
腕の中でシンタローが動いた。無意識にきつくしてしまったようだ。
加えて、砂粒が彼の素肌を擦っている。
「お前が砂だらけだからだよ」
腕を緩めて、彼を見た。
身体についた砂粒がキラキラと光っている。
「じゃあ、海に入る」
シンタローはいたずらっぽく笑って、私の首に腕を回した。
私に運べということらしい。
私は、わざとらしく眉を上げて、「やれやれ。ずいぶんと甘えん坊だったんだね。せっかく大人になったのに」と言ってやった。
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