text「parallel」

□インターバル(仮)
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するするする・・・・・

名前も分からないオレンジ色の果実を大きな剣で剥く。
海に落ちた時、唯一、持っていた武器だ。
私の食事風景を、シンタローはいつも興味深そうに観察している。
ふと、人魚は砂浜に落ちた皮を拾って、私に尋ねてきた。
「これはいらないのか?」
皮を摘まんで不思議そうな顔をする姿に微笑む。
「食べないよ。硬いし、美味しくないしね」
「ふうん。人間ってメンドーだな。でも、ジャンはそのまま食ってたぞ」
皮をぽいっと捨てながら、シンタローが言った。
「ジャン?」
シンタローの話はイルカだのカメだのの話が多かったが、初めて人らしき名が出てきて、私は問い返した。
「あ。言ってなかったっけ。番人をしてるんだ。今はいないけど」
そう答えて、「まあ、ジャンがいたら、アンタは今ここにはいないと思うけどな」と悪戯っぽく笑った。
「それはどういう事かな?」
私は島に流れ着いて以来、この小さな島のあちこちを歩き回った。
島内部のことについては、シンタローには聞けなかったし、何より食料を探さなければならなかったからだ。
結論としては、島には誰もおらず、動物も鳥と虫しかいない。また誰かが暮らしていたような跡もなかった。
私は何か見落としているのだろうか?
「うーん。ジャンは島にいる時は寝てばっかだからなあー・・・」
「番人って、島の番人じゃないのかい?」
「違う。秘石の番人」
シンタローの話の中には時々、この秘石の話が出てくる。
詳しく聞こうとしても、シンタロー自身もよく知らないらしく、「すごい力がある」とだけしか分からなかった。あと、青い玉と赤い玉の2種類あるということと。
「秘石の番人がいたら、私はこの島にはいられないということかい?それはどうして?」
私は、人魚と離れてしまうことがさびしいと思い始めていた。
「ジャンはさ、島に誰かが近づく事をすごく嫌がるんだ。人魚も俺しかいない。それに、潮はこの島をよけて通るから、アンタみたいに何かが流れ着いたりもしないんだ。本当は」
「・・・・・」
私はどうやら誰も近づけない島にいるということらしい。
番人の使命がどうであれ、ここは一種の聖域のようだ。

人の手の入らない美しい島に、たった一人の人魚。

私は、先日の行為を思い出した。
何も知らない無垢な存在の、身体に触れてキスをして、おそらくはその精を飲んだ。
生き方そのものに穢れのない存在は、自らに行われた事の意味すら分からないほど、美しい。

お前は私がどれほど罪深いのか知らない。
海に落ちたのは自らの失敗であったが、私が海に落ちた事を喜ぶ者は星の数ほどいるはずだ。
私は、それほどに穢れた存在なのだ。

私は、私をじっと見つめる人魚に何も言えなかった。
私が罪深い人殺しであり、海を荒らす海賊であることを知ったら、お前はどうするだろう?
不安が私の心を闇で覆う。
救いを求めるように私はシンタローの頬に手をやった。
その肌は宝石のようにひんやりとしている。その感触が、私とシンタローとをさらに隔てる。
その時、シンタローが言った。
「あ、でも安心しろ。もしジャンが帰ってきて、アンタを追い出すような事を言いやがったら、俺が守ってやるから。だってさ、海がアンタをここに運んできたんだ。だから、アンタはここにいていいはずなんだ」
人魚にとって、海が全ての判断基準であるらしかった。
その屈託のない笑顔に、私はまた救われた。
お前は、私の命を救い、心を救うのだ。
「ああ・・・ありがとう、シンタロー。とてもうれしいよ」
私はその頬に顔を擦り寄せ、それから、その唇を吸った。
キスは感謝を示していると思っている人魚は、少し恥ずかしそうに、私を受け入れる。

一体、どこまでお前は私を許してくれるのだろうね、シンタロー。

キスは甘い果実の香りがした。



70090727
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