text「parallel」
□ハウルのようなもの(仮)
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「なあ、アンタ、元に戻れないのかよ」
俺はとにかく声をかけてみた。
すると、獣がかすかに揺れた。
笑っているらしい。
『シンちゃん。これが私の本当の姿なんだよ』
奴の声が、直接、頭に響く。
中年親父の姿は偽物だという。
その言い方が少し気になった。
「くそっ。でも、そんなんじゃ触れねえし、近づけねえし、どうすんだよ?」
なにより、そんなデカイ図体では、あの部屋にも戻れない。
ムカついて睨み付けたら、刃の向こうにある、真っ青な眼とぶつかった。ガラス玉みたいな目からは、表情は読み取れなくて、俺は悲しくなる。
『・・・魔力をコントロールできないんだ』
つまりは、人間の姿にはなれないということらしい。
「治るのか?」
『さあ、どうかな?こんな事、初めてだから・・・・。魔界にいる分には何も困らないけどね』
思念で答えてくるから、普段は分かりにくい奴の感情まで伝わってくる気がする。
何でもないみたいに言っているが、多分、嘘だ。
「困らないって・・・。誰もアンタに近づけないままでいいのかよ?」
そう言うと、ちりん、と獣が音を立てた。
また笑ってやがる。
『悪魔はね。もともと誰とも愛し合えないし、分かりあえない。
欲しいモノは奪って、手に入れる。だから、誰も近づく必要がないし、近づかない。
多くの悪魔が私に従うのは、私が力でねじ伏せたからか、彼らに快楽を与える存在だからだよ。
彼らは、それぞれ自分の為に、私の下にいるだけさ』
奴の思念が、俺の心を濡らす。
じゃあ、アンタが俺にベタベタして、やたらと俺にキスさせるのって何だよ?
俺なんて食ったって、何の力にもならないって言ったの、アンタじゃないか。
ホントは、アンタ、寂しいんだろ?
俺はそう思う。
「何、バカな事言ってんだ」
俺は吐き捨てるように言って、奴の方へ右手を伸ばした。
「・・・ッ!」
瞬間、指先に熱い痛みが走った。
とっさに引いた指先を確かめると、ぱっくりと傷が開いて、みるみるうちに血が溢れてきた。
奴に触れてはいない。それなのに切れた。
『・・・ほらね。誰も私には触れられないんだよ』
目には見えない無数の刃が、奴の制御できない力が、この悪魔の全身を覆っている。
『さあ、分かったなら、もう戻るんだ。お前はここに居てはいけないし、その必要もない』
静かな声だった。そして、有無を言わせないような硬い声だった。