text「parallel」

□白砂行
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翌日。
ジャンはまだ戻って来ない。
鱗を通して伝わるマジックの不安はますます強くなり、シンタローを苛立たせる。
「なあ!出してくれよ!俺、逃げたりしないから!」
叫びながら、どんどんと岩にぶつかってみた。
擦り傷が出来たが、気にはならなかった。それよりもマジックが心配だったのである。
「ああ・・・そっちに行っちゃダメだよ・・・アンタじゃ流される・・・」
シンタローは相手には聞こえないのは分かっていながら、呟いた。
マジックが自分を探しに海に入っていく。
海は彼の命を奪ったりはしないだろう。
しかし、その大きな海流で一度流されてしまえば、もう会えないかもしれない。
シンタローは祈るような気持ちで、マジックを感じていた。
絶え間なく自分を呼ぶ声がずっとしていた。
「来るな・・・こっちに来るな」
青い海流よ、彼を連れていくな。
祈りが通じたのだろうか、マジックは海流は危険だと判断したようで、島へ戻っていった。
「ああ・・・よかった」
呟きが漏れる。
心配しすぎて、シンタローは疲れてしまった。暗闇にぐったりと横たわる。
いや、この疲労もまた、マジックが感じているものかもしれない。
そう思うと、シンタローはまた居ても立っても居られなくなって、がばりと起き上がって、がんがんと岩を叩いては、見張りの人魚に怒鳴られた。


そして、ついに3日目。
シンタローでは動かす事ができなかった岩ががらがらと動き出した。
朝の光が差し込む。眩しさに一瞬、うっと目を閉じて、それから開けると、男がいた。

「ジャン!」

シンタローは一度身体をしならせると、一息にジャンに抱きついた。
「やっと会えた!俺、ジャンに助けて欲しいんだ!」
「シンタロー・・・落ち着け。先に俺の用事をすませてからだ」
ジャンの表情は固く、抱きついてきた人魚をやんわりと離した。
「ジャン?」
「それにはまず赤い玉の所へ行こう」
ジャンの常とは違う雰囲気に呑まれて、シンタローはおとなしく従った。
初めて入る沈没船の中。
いくつかの扉を抜けると、大きな泡が詰まった部屋があった。
ジャンはその中へ入るように指示する。言われるままに、その泡に頭を押しこむ。くにゅりと泡は歪んで、すぽんと中に入った。そうして、水と空気の境を抜けると、ざらざらとした床を這うように進む。
中央に石の台があり、そこに赤い玉があった。
「シンタロー、これが赤い玉だ」
シンタローは、赤くて丸いだけの玉をしばらく見つめていたが、聞いているほどには、大切なモノのようには見えなかった。
ジャンは、黙ったままのシンタローの前に膝をつくと身体を観察する。
青く輝く鱗。
ジャンが島を離れるまで、それは真珠のように柔らかな白だった。
「説明はいらない。お前の記憶を貰うぞ」
ジャンはそう言うと、シンタローの額に触れようと手を伸ばす。
ハッと気付いたシンタローは、突然叫んだ。
「ジャン!これは、やだ!」
シンタローはその手から逃れようと、身を逸らす。
「何を言っている?いつもしていることだろう?」
人魚の初めての拒絶に、ジャンが顔をしかめる。
「そうだけど・・・。ちゃんと説明するから。記憶を見るのはダメなんだ」
懇願するように人魚が言う。
「・・・シンタロー。お前の役目は俺に記憶を与える事だろう」
ジャンの声音が厳しくなり、シンタローは身を縮めた。
「分かってる・・・分かってるけど、だって・・・」
シンタローは、マジックとの記憶は二人だけのものだと思っていた。だから、ジャンに知られるのは、嫌だった。
シンタローは逃げようと、身体を反転させる。
それに気づいて、ジャンはシンタローの腕を掴むと床へ引き下ろした。
海中ではどうにかなったかもしれなかったが、今のシンタローに逃げる術はない。
ジャンの足がシンタローの身体を押さえつけると、どんなにもがいても、無意味だった。
「嫌だ!ジャン、止めろ!」
バタバタと頭を振ったが、ジャンの少しゴツゴツした手が額にかかると、シンタローの目の前がスパークした。
「いやあああああああああっ」
心の中に無遠慮にジャンが侵入してくる。
強引に引きずり出された記憶でシンタローの意識は混乱し、そして、気を失った。
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