倉庫


□桜色の薬玉
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「たぬたんッたぬたんー!」

氏康が懸命に声を出してたぬたんを捜している。返事は返ってこない。困り果てた彼が取った手段は先日と同じ。

「風魔ッ!」

横に片膝を付いた無言の忍。

「たぬたんがおらんのじゃ、捜して参れ!」

フッと消え気配が無くなると、氏康は溜め息を吐いて部屋に戻った。
あの出来事の後、風魔が捉えた男、竹中半兵衛と引き換えに城から撤退するよう豊臣に交渉した。今回は退いたが次はないかもしれない。そのため今まで以上に城の護りも堅くなった。


風魔は大きな桜の木の枝に立っていた。この間と同じ場所、たぬたんはそこに腰掛けていた。蕾が全て開き、外側からでは枝も見えないほどに花が咲いていた。

「降りられないんじゃないんだよ、ちゃんと降りられるから。ごめんね、この前は嘘ついて」
「……」
「助けてくれてありがとう……て言っても、あなたはそれが仕事だからって思ってるのかな」

たぬたんは自分の横の枝をポンポンと叩いた。

「戦が終わってから休んでないんでしょ?私を捜してるってことにしてここで休もう」

その場で身動き一つしない彼を見てたぬたんは苦笑した。

「命って言ったら、いてくれる?」

静かに彼女と少し距離を取り、風魔はそこに座った。たぬたんは落ちないように近付き、両手で彼の手を包んだ。

「桜が咲き誇ってる間だけでいいから、ここに迎えに来て。少しでも長く貴方といたいんだ」
「……」

微かに、少女の手を握り返した。
風は穏やか。桜が散り終わるのはまだ先になりそうだ。


すぐ傍にいるのにその間には透明な壁があって、あなたは振り返らず先に行ってしまう
どうしたらあなたの横にいられるのでしょう

そうだ
私が透明な壁を越えていくから、だから歩みを少しだけ遅くして
きっと追いつくから


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