倉庫
□影
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翌日、再び孫権が陸遜の部屋を訪ねた。どうやら昨夜も寝ていないようだ。
「(たぬたんでも駄目だったか)」
腕組みをしてどうしたものかと考える。
「陸遜、いい加減睡眠を取れ。たぬたんも心配していただろう」
彼女の名前を聞いてピクリと反応したが、すぐに笑みを浮かべて首を横に振った。
「この後軍議があります、それが終わった後に休ませていただきます。ですから……」
孫権は会議の日を延ばそうかと考えたが、さすがに陸遜が怒るだろうと思い、彼の要望に頷いた。
そして軍議の時間。呉の武将と軍師が集まり孫権を中心に話し合う。無論その場にはたぬたんもいる。しかし、彼女は陸遜の方を見ようともしなかった。
陸遜はそれに気付きながらも自分の案を言おうと立ち上がった。その時だ。
「あ……」
眩暈が起こり、書簡が手から滑り落ちる。そのまま崩れるように倒れた。
「(ああ、気遣いを無下にした罰が下ったのですね。すみません、たぬたん殿)」
気が遠くなっていく中、彼女が何度も自分の名を叫ぶ声が聞こえた。気がした。
目を覚ますと見慣れない天井。温かく自分を包むのは布団。辺りを見回すと夕暮れなのだろう、外が橙色に染まっている。
「(随分寝てしまいましたね……)」
陸遜は体を起こして寝台から降りようとした。と、そこに凌統がやってきた。
「おっと軍師さん、まだ寝てな。またふらっといっちまうぜ」
「もう大丈夫ですよ、十分寝させてもらいました」
「殿がしばらく暇を出したんだ。だからあんたの好きな執務も保留、ここで養生してなってことだ」
寝台に戻させ、持ってきた水と果物を置いた。
「ここは客室、あんたが寝てまだ半日。あと気になってるだろうさっきの会議、たぬたんが代わりにあんたの案を読み上げて殿が採用してたぜ」
「え」
「感謝ならたぬたんにしてやりな。この部屋を進めたのもあいつだし。じゃ、ゆっくり休んでろよ」
手をヒラヒラと振り部屋を出て行く凌統。陸遜は茫然としてその姿を見送った。
今言われたことを脳内で繰り返す。彼女が率先して動いていたのに驚いた。
「……」
しかし、傍に彼女はいない。恐らく顔は出してくれないだろう。
「(明日、お礼と謝りに行こう)」
そう考えていると今までの疲れが出てきたのだろう、眠気が襲ってきて再び瞼を閉じた。
「……?」
やけに眩しい。うっすらと目を開けると月光が部屋に入ってきていた。
それともう1つ、黒い影が真っ直ぐと。木の影かと思ったがどうも違う。起き上がって影の元を辿り、目を見開いた。
月光に照らされた愛しい人。廊下に座って瞼を閉じ、剣を傍に立て掛けていた。そっと頬に触れるとひやりとしている。
「(いつからここに!?)」
急いで部屋に戻り、厚い布を持ってきて彼女に掛けた。静かに寝息を立てている。陸遜は黙って彼女の隣に座り、そっと抱き締めた。
「心配をおかけしてすみません。もう無理はしませんから」
優しく口付け、同じ布に包まる。月光は淡く二人の影を映した。
様子を見にきた孫権と凌統は顔を見合わせて微笑んだ。
「人は寝ている時は誰しも素顔を見せるという話、本当のようだな」
陸遜とたぬたんは寄り添い合うようにして廊下で同じ布に包まって眠っていた。何とも言えない、幸せだというような雰囲気。
「2人とも子どもみたいな顔してますよ」
小さな声で凌統はそう言うと、その場を孫権と共に離れた。
彼らにひと時の安らぎを与えたまえ
完