倉庫


□愛する気持ち
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本日バレンタインデー。ダイクの家でチョコを作った(溶かして固めた)女性陣は皆に、もしくはそれぞれの想い人に渡すため、イセリアで休んでいる男性陣の所へ向かった。
ただ1人、鳶色の髪の少女たぬたんを除いて。

「たぬたん、頑張ってね!」
「コレットも」

たぬたんはコレットのチョコを見た。型に流し入れた大半ははみ出している。しかし、逆にそれに感心した。

「(はみ出すほどに想われているんだと、しっかり受け止めなよロイド……)」

秘かに弟であるロイドにエールを送りながらたぬたんはダイクの庭に出た。彼女の母であるアンナの墓石。その傍に彼女が渡す相手がいるからだ。

「(いつからここにいたんだろう)」

そんな疑問が頭を過る。ここにいるであろうことは分かっていた。墓石に寄り掛かって座っている。
近付いてみると彼は目を瞑り、眠っているように見えた。敷地内といっても外で無防備に休むとも思えない。
たぬたんは彼の顔を見ようと思いしゃがんだ。目に掛かるほどに長い前髪が風に吹かれ、顔をはっきり見せてはまた目に掛かる。

「……クラトス」

彼の前髪を払いながらそう呼び掛けると目が開かれる。その瞳はたぬたんをはっきりと捉えた。

「本当に深く休んでたね、穏やかな顔だったよ」
「ここは暖かい。良い場所にダイク殿はアンナの墓を作ってくださった」

クラトスは燕尾服を羽織ろうとする。しかし、その手をたぬたんが止めた。不思議そうに彼女を見る。

「どうした」
「……」

実の父親が好きで愛している。生まれて十数年間、彼だけが頼りで愛情を注いでくれた。信頼から尊敬、尊敬から愛情に。

「……チョコレート、工夫して作ったんだ。食べてくれる?」

返事を聞く前に袋に入れたチョコを彼に手渡した。赤いリボンでラッピングされたその中には数粒のチョコが入っていた。

「ありがたく貰おう」

1粒口に入れて噛んだ。じわりと溶けたそれはほろ苦い味がした。

「工夫とは苦くしたことか?」
「全部食べたら教えてあげる」

そう言うと彼はまた1粒、1粒と時間をかけてゆっくり食べる。その様子をたぬたんは飽きることなくずっと見ていた。
最後の1粒を食べ終えた時、たぬたんはそっと聞いた。

「美味しかった?」
「あぁ」

その問いにたぬたんは肩を撫で下ろす。

「そのチョコね、トマトを入れたんだ」

トマト。それはクラトスと息子ロイドの天敵、つまり嫌いな野菜。若干青い顔になったのは見間違いではない。

「どうにかして食べられないかと思って、ビターなら誤魔化せるかなーと。当たりだったみたいだね」
「……何も感じなかった」
「良かったね、食べられたよ」

たぬたんが微笑むとクラトスは彼女を見つめた。

「……お前はアンナと似ている」

その名前にどきりとした。母親だけれど恋敵と言っても過言ではない。

「(母さんには憎しみしか抱けない)」

正直彼女の話をされる度、自分はその面影を見られているだけだと感じていた。入り込める余地など1つもない。
母の存在が辛い。この世の中は残酷なのだ。家族を本当に愛することはできない。しかし、クラトスの言葉はその考えを覆した。

「だが、全く違うのだな」
「……違う?」
「アンナは私がトマトを嫌いと知ると、食事には出さないようにしていた」
「……」
「たぬたん、お前は不可能を可能にしようとするのだな」
「言い過ぎ、だと思うけど」

そのような褒め方はされたことがないので些か照れを覚える。

「少なくとも私にはそう見える。それがお前の優しさで、私が惹かれる要素の1つなのだろう」


とくり

手を伸ばされ頬を撫でられたかと思うと、そのまま抱き締められた。優しい鼓動が伝わってきて、体温がじわりと広がる。

「アンナを忘れることはできない。だがそれ以上にお前を離すことができない」

……あぁ、母さんへの気持ちは憎しみだけじゃない。私をこの人の傍に置くことを選んだのは他でもない貴女。憎しみだけに目を向けていた私は見えていなかった。
貴女の、私に対する愛情を。

「クラトス……愛してる」


最初に変えたのはたぬたん。お前への想いは不可能のはずであったのに。ひたすらに私の愛情をお前は受け入れようとした。自分から傍に来て手を掴もうとしてくれる。
だから私は伝えた。深く沈めた心を、大切なお前に。




木々に囲まれ、陽を受け入れる墓石の前に小さな袋が置かれていた。中身はチョコ。そしてたった1言。

"大好きだよ"

ほんの少しの憎しみと大きな感謝と愛。ずっと、これからも。

fin
 

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