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□人の記憶と再会の約束
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秋晴れ、校門に続く道はイチョウが覆っている。時折風が吹いてはそれらを空中に舞い上げ、再び静かに落とす。気付けばもう冬は目前だ。期末テストも近い。
今は江古田の古典の時間。たぬたんは大凡聞いても役に立ちそうにない話を耳に入れる。それでも授業が新鮮に感じられた。恐らくシャドウ討伐という一般では有り得ないことに自身が身を投じているからだろう。

「(当たり前のことなのに)」

高校生活を送っているはずだが、ここは自分には程遠い場所。教師の目を盗んで手紙交換をする人、マンガを読んでいる人。その全てが何となく羨ましく思える。
隣に座っている順平も眠りの体勢に入っている。彼の場合は昨日のタルタロス探索の疲労だろう。しばらく様子を見ていると、視線に気付き、こそりと話してきた。

「悪ィ、オレ戦線離脱すっから」
「ノート?」
「頼んます」

歯を見せて笑うとそのまま顔を伏せた。……自分も疲れているのだが。そう思っても口には出さない。仕方なくシャープペンを手に取り、黒板に目を向けた。

「(もし、自分がペルソナ使いではなかったら)」

最近そう考えるようになった。ごく普通の高校生でここに転校していたとしたら。

「(まずあの寮にはいなかった)」

ペルソナ使いばかりが住んでいる寮。一般人は基本立ち入り禁止だ。4月の間に別の寮を調整してもらい、そちらに移っていただろう。
そして真田や荒垣、風花、天田とも知り合えなかった。仲間の大切さは今に知ったことではないが、随分恵まれたものだ。
「オレ達の活躍を誰も知らないって……」と順平は言うが、たぬたんはそれでも良かった。

「(どの道人の記憶は薄れていく)」

仲間と自分の中で生きてさえいれば、そう思えた。
その時、暖かい春風のようなものが頬を撫でた。自然とその方向を向くと窓は閉められている。不思議に思ったと同時に瞼が重くなった。その力に抗えず、たぬたんは視界を黒くした。




―――……

か細く聞こえる声に気付き、辺りを見回した。視界の端に誰かが倒れているのが見えた。しかし、なぜかぼやけていて性別の判断はつかない。駆け寄って声を掛ける。すると、その人はたぬたんを見上げた。

「ぁ……ここにいては危険です。逃げて下さい……」

倒壊寸前の建物に断裂した道路。何より目を背けたかったのは血に塗れた無数の人。たぬたんは首を横に振り、肩を貸してその人を抱え上げた。とにかくその場から離れようと歩き出す。その人は力の入らない腕でたぬたんを押した。

「……は、良いですから、貴方だけ……」

たぬたんはその言葉を聞き、逆に支える腕に力を入れた。有無を言わさないと無言で語る。ようやくその人は諦めたのか、黙ってたぬたんに従った。
無残な光景から大分離れた頃、その人が口を開いた。

「何があったのか、聞かないのですか?」
「うん」
「現状確認よりも、私を助けることを優先するのですか?」
「うん」

ゆっくり、その人の姿のぼやけが消えてきた。女性だった。よく見ると怪我を負っている。早く医者にみせなければと再び前を向いた時。

「私は、どうして生まれてきたの」

その人の悔しそうな声が耳元でする。しかし、涙は見せなかった。

「後悔しかしていないっ……」

ここで何が起きたのか分からないが、大きな責任を感じているようだ。たぬたんは慰めの言葉を掛けなかった。その代わり、彼女の問いに答えた。

「人に記憶されるため」
「?」
「生まれた理由は人それぞれかもしれないけど、自分はそう思う」

記憶は過去のもの程薄れていき、新たな記憶を刻んでいく。相手の記憶に自分はほんの少ししかないとしても、存在が確かにそこにある。自分が生きていた証が。

「でも、私は記憶されない。私は違うから」

寂しげに、目も虚ろに感じる。彼女の存在自体を否定するようにも聞こえるその言葉に、たぬたんは前を見据えたまま言った。

「なら、自分が記憶する」

その人はぼんやりと数回瞬きをした後、自分に向けられたのだと理解した。記憶は頼りないが、色濃く頭に残しておきたい相手ほど会いたくなる気持ちは募る。
だからこそ人は繰り返し会うという行動を取る。それは「思う」という別の言葉に置き換えられるだろう。その人は目に光を入れないまま、小さく笑った。

「貴方の中で……私は生きるのですか?」

ぎこちない手の動きでその人はたぬたんの胸に手を当てた。たぬたんはその手の上に自身の手を重ねた。温もりが感じられない。それにも驚かず握り締めた。

「うん、そのためにまた会おう」
「会う……」

反芻するその人の手は段々と力が抜けていった。倒れると思った瞬間、景色にひびが入った。空はガラスの破片のように飛び散り、その下からは闇が覗いた。
はっと気付けば足元までひびは及び地面が崩れた。落下する感覚と同時にその人と離れてしまったのが分かった。慌てて探るように手を動かすと、彼女の声が前方からした。

「これに掴まって……っ」

暗闇で何も見えないが手を突き出した。指先に触れた物を掴む。布だろうか。

「私忘れません。貴方のことをずっと……だから、会いに行きます」

無い力を振り絞って出されたその声を最後にその人の気配は消えた。たぬたんは手の中に残された布をぎゅっと握った。
すると、どこからか暖かい風が流れてきた。つい最近同じことがあったのに、なぜか懐かしさを感じる。不思議だと思うと瞼が重くなった。


――もうじき、記憶の答えに辿り着く

耳から外していたイヤフォンから微かにそう聞こえた。
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