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□貴方と雪〜斎藤編
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「雪だ!」

楽しそうな声が聞こえてきて、俺は重い瞼を開けた。障子の方を見ればまだ夜明けとも言えない、光が差し込んでいない時間だった。そんな時間に誰が声を上げたのかと布団から出た。
余りの寒さに覚醒し、羽織を着て障子を開けた。すると部屋の中とは違う、明るい世界が広がっていた。白く輝くそれの中に足跡が点々としており、目で後を追うとたぬたんがしゃがんでいた。
俺は下駄を履き彼女に近付く。雪を掻き集めているようだ。

「何をしている」

足音が聞こえていなかったのだろう、肩をびくりと動かしこちらを見たが、俺だと分かると笑った。

「かまくら作ってるんだ」
「この量では無理だと思うが」

足元に目を落とす。下駄が埋まるか埋まらないかの積雪。とてもかまくらを作れるとは思えない。

「斎藤さんが考えてるような大きなものじゃないよ」

そう言いながら小さい山を作り、強く押し固めた。ぎゅっと独特の音が響き、段々とかまくらの形になっていく。その中を崩れないようにくり抜く。その工程を黙って見ていると、たぬたんは突然立ち上がった。

「ちょっと待ってて」

俺が答えるよりも早くたぬたんは自室に戻っていった。律義に待つ必要はなかったのかもしれない。冷たい風が吹き付け、何より起床時間はまだ程遠い。だが、何をするのか興味があった。
高さ五寸あるかどうかの小さなかまくら。指の跡が所々残っており、それに自分の指を合わせた。1回り、いや、2回りも小さかった。
そんな子どもが、しかも女が同じ人斬り集団にいる。果たしてこれは良いことなのだろうか。副長と面識があったとはいえ、よく女を入れたものだ。確かに腕は申し分ないが。

「(それでも)」

と、雪を踏みしめる音がした。振り返ると蝋燭に火を灯して持ったたぬたんが歩いて来ていた。

「本当に待っててくれたんだ」
「お前が待っていろと言ったのだろう」
「うん、でも戻ってるかと思った」

「ありがとう」と言い、持っていた蝋燭をかまくらの中に入れた。

「少しの間しか見られないから、よく見てて」

何がと問おうとしたが、その疑問は目の前のものを見て消えた。極力薄く作られたかまくらは蝋燭の明かりを受け、淡く温かい色で輝いていた。……神秘的と言うのだろうか、目を奪われた。

「手をかざすと温かいよ」

たぬたんが言った通り、かまくらに手をかざすと確かに温かい。驚いているとたぬたんも同じようにかざした。しんと静かになると、彼女は口を開いた

「斎藤さんに見せたかった」
「俺に?」

意外だった。別段親しい訳でもないのになぜ。

「雪が好きだって聞いたから」

そのためにわざわざ?

「できたら起こしに来るつもりだったのか?」
「まさか、こんな明け方前に」
「起きてくる確証はないだろう」
「それでも」

考えが分からない。しかし、そこまで彼女にさせる何かがあったのだろう。理由など到底知る由もないが。

「もし今日斎藤さんが起きて来なくても、次があるから」

それは。

「俺が見るまで作ったということか?」
「うん」

流石にそこまでの域に達すると、1つの言葉しか浮かんで来ない。

「物好きだな」

たぬたんは笑ってかまくらを見た。

「そうだね。親しい訳でもないのに見せようと思った私は物好きなんだね」
「……」

だが、俺はどこか嬉しかった。俺のために手を冷たくしてまで。

「……俺も物好きだな」
「そう?」
「"余計なお世話"とも言えるこの行為が嬉しく感じる」

そう言えばたぬたんは微笑んだ。

「作った甲斐がありました」

その時、火の熱でかまくらが崩れた。中に入れていた蝋燭の火は当然消える。だが、辺りは明らんでいた。たぬたんは立ち上がって東の空の方を向く。

「日の出を見るのは久しぶりだなぁ」

眩しく暖かい日光をたぬたんが浴びる。俺は息を呑んだ。

「(そう、お前は女で)」

本当はこの場には相応しくない人間。それでも望んだのはお前の意志か。

「散るなら桜のように」

ぽつりとたぬたんが呟く。横に立っていた俺を見上げ、続けて。

「輝くなら雪のように。ね、どっちも斎藤さんの好きなもの」

言わんとしていることが、自惚れかも知れないがうっすらと分かった。俺は小さく笑いたぬたんの頭に手を置いた。

「本当に物好きだな」

物好き同士が惹かれ合ったのは偶然ではなかったのかもしれない。


 

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