倉庫


□本命
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「黒い噂が絶えないって割に、ちゃんと貰えるんだね怜侍君」

昼休み、検事局のとある一室は女性の出入りが激しかった。公式認める美形、御剣怜侍にチョコを渡すためだ。ほぼ全部本命と見て間違いないだろう。

「断らないんだね。いや、断れない?」
「……」
「(変なとこで小心だなぁ)」

彼の助手兼同級のたぬたんはその様子を見ながら食べていたので、豆が掴めず苛々していた。

「豆の分際で」
「お前は変な所で短気だな」
「節分の時の豆にしたのが駄目だったか」
「11日も経っているが大丈夫か……?」

それを無視してたぬたんは再び豆との格闘を繰り広げる。机の上にいくつか既に飛んでいるが。その間にも次々と女性が入って来ては御剣にチョコを渡していく。部屋の中は段々と圧迫感を感じるようになってきた。
最後の1人が部屋を出た後、たぬたんは顔を上げた。

「私も例の人にあげたいけど」
「成歩堂、か?」

同じく同級の彼。しかし、たぬたんは仕事が仕事、簡単には会いにいけない。

「糸鋸刑事に持って行って貰おうか、そうしよう」
「口を挟む所ではないだろうが、それで良いのか?」
「ほんと、口挟まないでよ」

すかさず返ってきた返答にへこむ御剣。眉を八の字にしている。ようやくの思いで掴めた豆を口に入れ、たぬたんは彼の様子をじっと見た。
普段はすかした顔のシベリアンハスキー。弱点を突かれれば情けない顔のチワワ。

「(そのギャップに女性は惹かれるのか)」

妙に納得し1人頷く。と、立ち直ったのか御剣は腕を組んで机の上を見た。

「しかしこれだけの量、やはり食べ切れんな」

1つ手に取ってラッピングを外す。箱からしていかにも高級と言っている。開けてみるとふわりと甘い匂いが漂った。甘い蜜に誘われた蝶のようにたぬたんが近付く。

「うあー生チョコだ」

目を輝かせて口をパクパクさせている。御剣は彼女の変わり様に苦笑した。

「そんな顔をしなくとも、今年も手伝って貰う」
「任せてよ!」

毎年膨大なチョコを貰う彼はたぬたんに消費を手伝って貰っている。彼女にとっては至福の時、同時に御剣にとってもそうであった。

「これ、1つ食べても?」
「構わん」

嬉しそうに咥えていた箸を刺して口に含んだ。みるみるうちに表情が緩くなっていく。

「おーいしー」

目を閉じて味わい深く舌の上で転がす。

「(本当に幸せそうな顔をする)」

御剣の至福の時。それはたぬたんのチョコを食べている顔を見ることだった。
食べ終えた彼女は仕事机に積まれたチョコの箱を見つめて自分の鞄を漁った。

「そんなにあれば1つ増えたって変わらないよね。はいどうぞ」

そう言って御剣のポケットに非常にコンパクトな箱を突っ込んだ。

「何だこれは」

ポケットから取り出して、不思議なキャラクターが描かれているそれを見る。

「チョコ○ールだよ、知らない?クエックエックエッチョコ○ォォォル〜」
「?」
「まぁお高いチョコばかりに囲まれたら、庶民的なものが食べたくなるだろうと思って」
「そ、そうか、すまない」

50数円で感謝されればありがたい。心理を突いたたぬたんは正解だったようだ。と、真剣な顔に切り替わった。

「それ、本命だから」
「は?ほ、本命……?!」

かなり動揺する御剣。椅子からずり落ちそうになっている。

「開けてみて」

促されたからには開けない訳にはいかない。何か仕掛けでも施したのだろうかとドキドキしながら震える手を堪え、チョコの出し口のくちばしを開けた。


「あ、当たった!」

突然たぬたんが大声を出した。

「ほらっ金の、金のエンゼルだよ!」
「エンゼル……?」

確かにくちばしの所を見ると黄色の台紙に金色の天使が印刷されている。

「金のエンゼル1枚でキョロちゃん貰えるんだよ。いやーやっぱり本命だったね!」


?今何と?

「お前の言った本命とは……」
「勿論金のエンゼルだよ、最高の贈り物でしょー。え、もしかして勘違いした?」
「もういい……」

御剣は顔を赤くし手で押さえた。自分がとても悲しい人間に思えてきた。自己嫌悪に陥っているとたぬたんが彼の肩をポンと叩いた。

「今日はやけ酒ならぬやけチョコだね」
「お前が言うな!」

御剣は気付いていなかった。たぬたんがチョコを食べた時と同じ、至福な表情になっていたことに。

「(本音を聞いて照れてしまった)」



御剣がチョコ食べるのかは謎。
 

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