倉庫


□桜色の薬玉
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厳しい冬は過ぎ、小田原城の桜の木は蕾をつけ始めた。この城の城主、北条氏康は辺りを見回した。

「たぬたん、たぬたんー!どこじゃー」

その名の主は上の方から返事をした。

「じい様、ここです」

少女は大きな桜の木の枝に座っていた。氏康は声を上げ、慌ててその下に行った。

「しえぇぇぇ!!たぬたん、危ないではないか!早く下りてくるんじゃ」
「うん、そうしたいんだけどね、分かってたんだけどね。降りられなくなっちゃった」
「分かっておるのになぜ上るんじゃ!これ風魔!」

すると、氏康の横に片膝をついた忍びが現れた。髪は赤茶色で口元以外は全て隠している。

「たぬたんが木から降りられなくなったのじゃ。下に降ろしてくれぃ」

命を聞くと、彼はすぐさま木に飛び乗りたぬたんの前に立った。彼女は笑って風魔にしがみ付く。

「ごめんね小太郎。次からは気を付けるから」
「……」

風魔は何も答えず、彼女を抱いてあっという間に地面に降り立った。

「たぬたん!じいちゃんの寿命を縮めさせるんじゃない!」
「ごめんなさい」

軽い説教を受けた後、話は本題に入った。どうやら豊臣軍が降伏するよう要求してきたらしい。当然氏康は拒否をした。そのため近々戦があるそうだ。

「どうやら既に軍を進めておるらしいのじゃ。こちらは城を盾に戦う、城下の者にも出歩かんよう注意した。たぬたんも戦が終わるまでは城外に出てはならん。よいな?」
「分かりました、少しの辛抱ですよね」
「うむ、お前は賢い子じゃ」

たぬたんの頭を撫で、氏康は廊下を歩いて行った。彼女は後ろにいた風魔の方を向いた。

「小太郎さん。貴方はとても強いからいらない心配だろうけど、怪我をしないよう気を付けて下さいね」

彼はやはり何も言わず、その場から飛び去った。

「何で身分なんてあるんだろう。片時も離れたくないくらい大好きなのに」

たぬたんは寂しそうな顔をし、自分の部屋に戻った。その様子を風魔はそっと桜の木の上から見ていた。




外では多数の叫び声が重なり、大きく響いていた。耳を塞ぎたくなるような木霊する悲鳴、武器の弾き合う音もあちこちからする。
氏康は城に侵入してきた豊臣軍を撃退するためたぬたんの傍を離れた。彼女は天守閣に篭り、ただこの戦が終わるのを待った。

「おや、ここにいるということは重要人物と考えて良いのかな」

背後から突然声がした。振り返ると細身でバツ印の仮面を付けた白い髪の男が立っていた。血を滴らせた刀を片手にコツコツと近付いてくる。
逃げ場が無いと分かっていても恐怖で後ずさる。男は顎に手を当て、ふむと考えた。

「北条氏には孫娘がいると聞いていたが……君のことかい?」
「……」
「ふぅん、随分大人しいんだね。君のお祖父さんも見習って欲しいよ」

男は刀を振り上げ、たぬたんの顔のすぐ横に思い切り突き立てた。肩を竦ませ、怯えた目を彼に向ける。

「君は賢そうだ。家臣達が傷付くのをこれ以上見たくないだろう?」

たぬたんの手を掴もうとした時、その間に風が吹いた。男はその気配に気付き刀を素早く引き抜いて後ろに飛んだ。
目の前には両手に短剣を携えた忍。見覚えのある彼にたぬたんは思わず声を掛けてしまった。

「小太郎っ……」

その名を聞いて男は冷や汗を垂らす。

「伝説の忍は本当に存在したんだね」
「……」

男が刀を構えたと思うとその場に急に倒れた。既に風魔が一手を入れていたのだ。
彼の姿を見た敵は皆彼によって命を奪われる、だから伝説と言われている。しかし彼女の、たぬたんの前では斬らなかった。
生かしておくと自分の存在が広まってしまうというのにだ。

「小太郎……」

彼女がもう一度彼の名前を言うと、風魔は男を抱えて姿を消した。
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