★MGS小説

□手のひらの記憶
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重い瞼を開けると、真っ暗な天井が見えた。ライトは消えたまま、ただの暗闇だけが見える。
体の下は硬い床ではなく柔らかいマットレスだ。リビングの床に倒れたままではなく、誰かがベッドまで運んでくれたようだ。
俺は溜息を吐き、明かりの漏れるドアに目を遣った。聞きなれた足音が聞こえる。
「ああ、目が覚めたんだね……いいんだよ、もう少し眠ってて」
部屋に入るとベッドに固定されている小さいランプの明かりをつけ、腰に手を当てて俺の顔を覗き込む。
「今は何時だ?倒れて何時間くらい経った」
「そんなに長く感じたかい?ほんの2時間くらいしか経ってないよ」
口の端に年相応の皺を刻み人懐こそうな顔で笑うと、俺の額に薄い手の平を当てた。
「いきなり倒れた時はどうなることかと思ったけれど、案外平気そうで安心した。君はホントにタフな男だね」
呆れたように笑いながらスツールを片手で手繰り寄せて座り、サイドボードの上にあった体温計を俺の口に差し込んだ。
「微熱も出てるみたいだけど、気持ち悪いとか他に症状はない?」
「大丈夫だ……そんなに年寄り扱いするな」
心配性の相棒に笑って返すが、少し体はだるい。
ここ2年ばかりの間にすっかり老け込んでしまった。回復が遅いという事実が、見た目以上に老化を自覚させる。
天井のライトシェードに映る自分の姿を見て、ぞくりと背中が寒くなった気がした。こうしてベッドに横たわっている姿がやけにしっくりと見えたからだ。
そのうち、瞼を閉じた姿がしっくり見えるようになるのかもしれない。シェードに映った顔をじっと眺めていたら、あの男の顔が重なって見えた気がした。
このまま瞼を閉じて眠ったら朝なんてこなくなるんじゃないだろうかと、根拠のない不安にかられた。
「……メイ・リンはどうしたんだ?」
「女の子の一人歩きは危ないからね、もう帰したよ。取り合えず打ち合わせは明日にしてもらった」
ボウルの中に手を入れてタオルを絞ると、俺の頬に当てる。体温が少し下がる気がした。
「お前ももう自分の部屋に帰れ。このくらい何でもない」
目は覚めたし一人で大丈夫……そう言おうとして起き上がろうとしたが、オタコンの腕が伸び、俺の動作を制した。
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