★MGS小説

□始まりと終わり
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もう一度、もう一度……彼女にそう言われながらヘリフォードの基地で過ごす日々も、もうすぐ1ヶ月になる。厳しい訓練の連続に最初の1週間で逃げ出したい気分になったが、今では不思議と慣れてしまっている。
少し退屈だけれどそれなりに平和だった俺の毎日はこのイギリスに来てあっという間に一変してしまったが、今ではその変化に僅かな楽しみさえ感じるようになってしまった。
新しい訓練、そして彼女のチェック……毎日がその繰り返しだ。それがここでの俺の仕事の全て。
あと少しだ……俺は額から流れる汗が目に入らないよう手の甲で拭い、10メートルほど上にいる彼女を見上げた。
夕暮れの紫色の空を背景に、彼女はそこに佇んでいた。いつも髪を纏めているカーキ色のバンダナはいつの間にか解かれ、金の髪が冷えた風にふわりと揺れている。
彼女はいつでも俺の目に魅力的に映った。
武器を慣れた仕草で構える姿も、軍人らしく敬礼をする姿も、できの悪い俺を見つめるまなざしも全て。SAS教官の徽章つきの軍服さえ纏っていなければ、今すぐにでも口説きたいくらいだった。
これは誰にも言えない話だが、俺は出会ったばかりの彼女にすっかり惚れ込んでいた。意識をしないよう努めてはいるがそれもいつまで続くか分かったものじゃない。
「もう少しよ、早く上がりなさい」
あさましい想いがそう感じさせているだけかもしれなかったが、命令する厳しい声の中に、どこか優しい響きを感じた。俺は最後の力を振り絞ってロープをたぐり寄せ、彼女の立つ宿舎の屋上に上った。
腕の筋肉が軋んで音を立てそうだ。なんとか屋上の手すりにもたれながら下を見る。彼女に言わせると「20メートルほどしかない」そうだが、俺にはロープ一本で上れるような高さには思えなかった。しくじった時に備えて予備のロープで体を吊ってはいたが、こうして上れた事の方が奇跡に思えた。
「コツを覚えたようだし明日からはこれを数回繰り返してもらうわ。時間もかかりすぎだからもっと素早くできるように……あと、昼間に関してはいつも通りのメニューもこなしてもらうからそのつもりで」
昼間のメニューというのは朝から夕方まで行われる銃を抱えて走ったり障害物を越えたりする基礎訓練の事だ。実戦に備えて覚えなければならない知識も山のようにあるので途中には講義もある。俺は少々げんなりしつつ彼女の差し出した水筒を受け取った。
汲んだばかりなのか水は冷たく冷えていた。喉に流し込むと渇いた体にじわりと心地よく染み渡っていく。
「それを飲んだら夕食よ」
疲れきっていて食べたくない……そんな俺の心を読んだのか、彼女は俺の顔を見て片眉を上げて言った。
「食事は食堂ではなく部屋で。私も一緒に食べるわ」
食事を残さないようきっちり監視してもらえるようだ。胃が受け付けなくても食事はきちんと摂れ……それも彼女から受けた指導の一つだった。

少し説明が遅れた。SAS方式(ここ)では男女であっても部屋は分けずに同等の扱いをするのが基本の為、彼女と俺は同じ部屋で寝起きしている。
別に彼女に夢中になっている俺が望んでこうなったわけじゃない。彼女が軟弱な俺を24時間監視する為にそうした。俺にとってはある意味生き地獄でもある。
噂でしか聞いていないがSAS入隊時に彼女と同期だった男も、1年間同じ部屋で寝食を共にしたらしい。顔を見た事すらないその男に、俺は密かに子供じみた下らない嫉妬をしていた。SAS入隊時の彼女はまだ10代だったはずだ。羨ましくないと言えば嘘になる。
「朝から晩まで見守ってくれるなんて有難いことこの上ないな」
彼女は厳しい教官で俺の上官だが、プライベートでは少し甘いところもあった。生意気な俺の物言いに怒る事なくふっと笑い、手に着けていたグローブを外してポケットへとしまった。
「それがいやなら、早く一人前になる事ね」
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