★MGS小説

□君にキスを
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ドアを開けて姿を見るなり、言葉よりも手が先に出てしまった。
彼は避けなかった。私の右手が当たり、左頬が鳴って、華奢なデザインの眼鏡のツルが歪んだ。
二撃目は彼の手に捕らえられ、阻止された。
大きな手のひらが、私の手を掴んで引き寄せる。
「若い時にも一度あったな。あの時は確か、君にキスして平手打ちされた」
アーモンド型のきれいな目を細めて、楽しそうに笑う。
私に課せられた任務も、自分のこの後の運命も知っているくせに。
「なぜ戻ってきたの……どうして!」
私に今回課せられた任務は、彼を殺す事だった。
国の対立によって別離しながらも、何年も思ってきた、彼をだ。
「君には言わなければならない事がたくさんある。だからこうして会いにきた」
彼の腕が、私の体を抱き締める。
大きな背中に腕を回し、その胸に顔をつけると鼓動が聞こえた。
「私の任務は、もう知っているんでしょう……お願いだから、早く逃げて」
息を吸い込むと、懐かしい香りがした。
香木のようないい香りだ。それが彼の体から漂う香りだと気付いたのは、しばらく経ってからだった。
「ボス、俺は病気を患っていてもう長くないんだ……君から逃れても、たぶん五年も保たないだろう」
死を語っているとは思えないほど、穏やかな声で続ける。
私は言葉を無くし、彼にしがみつくように回した腕に力を入れた。
「だから、最後は好きな人に見送って欲しいんだ。それが君の為になるなら尚更だよ」
与えられる任務において、私に選択件はほぼ無かった。
私は16年前、賢者達に息子を奪われている。
意志を持って任務に背けば、まだ見ぬあの子は殺される。
二人で逃げて彼がベッドの上で穏やかに息を引き取るのを見届ける事など、できるはずもなかった。
「本当に君には嫌な思いばかりさせて、すまない……愛しているよ」
「言わないで……」
泣き顔を見られたくなくて俯いた私の頭を、彼の手が優しく撫でた。
「あの子は生きているんだな?」
耳を疑った。
出産に立ち合わなかった彼には死産したと伝えられていたはずだ。
「数日前からあちらの世界の事だけじゃなく、こちらの世界の事もいろいろ分かるようになったんだ……死を前にして、力が増したのかもしれない」
子供をあやすように私の頭を撫でながら話す彼に、私は頷いて答えた。
「今は16歳か……君に似て可愛く育っているかな」
穏やかに話す声は子を想う父親のそれだった。
「ごめんなさい……」
言葉が喉につかえて出てこない。
繰り返し謝るしか術を無くした私の肩を、大きな手が優しく撫でた。
「バカだな君は……俺が責めるとでも思ったのか?」
すっと息を吸い、言葉を続ける。
「いやな事ばかりじゃないさ……これから数年後、君は必ずあの子に会えるようだ」
グレーの瞳で見つめながら預言者めいた事を言い、唇を寄せて私の目蓋にキスをした。
あたたかかった。
唇は頬、唇、そして首筋へとだんだんと下がってゆく。
その熱が、夜の空気に冷えきった私の体を熱くした。
「あの子に会ったら伝えてくれないか……父親として傍にいられず、すまなかったと」


彼のコードネームではない本当の名を呼びながら、私は目を覚ました。
部屋には誰もいない。
窓の外を見ると、まだ暗く、時計を見ると明け方前だった。
あれは夢の中の事だったのだろうか……考えながら出発の支度をする。
ザ・ソローとの対峙まであと数日。
後悔などしない為に、私は全てを見極めなければならない。
冷たい水で顔を洗い鏡を見て、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
彼の唇が触れた首筋に、小さな赤い鬱血ができていた。
あの彼の幻影は実体を持ったものだったのだろうか……私は野戦服を着込み、古いホテルを後にした。

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