★MGS小説

□残り香
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「……何をぐずぐずしているの、早くなさい」
溜息混じりの声でボスはソローを急かせた。薄い唇にはいつものシガーが咥えられている。
「いや、なかなか火が点かなくて……コツがいるのかな?」
葉巻の先を付け、息を吸い込んでみるがなかなか点かない。気持ちが焦る。意識を集中させ、もう一度試すが……。
「もういいわ」
凍えるような冷たい声に、ソローは顔を上げた。お互いの視線がぶつかる。
いつまでも火の点かないシガーを毟り取られ、代わりに彼女の唇に咥えられていたシガーが乱暴にねじ込まれる。葉巻の甘い香りが鼻を掠めた。
彼女は煙が目にしみるのか青い目を細め、息を吸い込む。驚くほどあっけなく、葉巻に火は点いた。
そのまま古いソファーに体を預け、一服。どこか優雅な仕草につい視線が引き寄せられてしまったが、上官から分けてもらったシガーを味わう責務を思い出し、ソローも深く煙を吸った。
初めてのそれの香りは濃厚すぎて正直、あまり好みではない味だ。普段愛飲している紙巻き煙草の香ばしさのある味の方がよっぽどいい。
だが、舌先に葉巻のせいではない甘い香りが乗り、少し気持ちが変わった。確かめる為に葉巻を口から離すと、先ほどまで咥えていたそこは薄くではあったが紅く色付いていた。
香りの正体を知り、もう一度ソローは葉巻を咥えた。未だ知らぬ彼女の粘膜の体温が口紅の残り香と共にあればと願ってみたが、このモスクワの気温の低さでは期待はできない。
黙ったままのソローを、青い目が射抜くような視線で見つめる。こちらの心を読まれそうな強い視線に僅かに心乱されたが、いつも通り笑ってやりすごした。
肉体の欲求より強く、この眼が感情に揺さぶられ他の表情を見せる様を見てみたいと思うのは男のエゴだろうか?
欲情と呼んでもいい感情に気づき、ソローは僅かに唇を歪めた。

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