狂犬と化け猫

□3。お気に入り
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薄暗いカウンターのバーに腰掛け、真島はロックグラスを傾ける。隣では律がスコッチの水割りを飲んでいる。初めのうちは可愛らしくカクテルを飲んでいたのだが、風間から珍しい酒があると聞かされた途端目の色が変わった。それが今律が飲んでいるものなのだが、よほど気に入ったのかもう既に半分ほど開けている。酔っているのか、目元がうっすらと赤い。にんまりと口元を上げ時折ふらふらと首を揺らす。

「おいしい、このお酒。真島さんも飲みます?」
「律ちゃん、強いんやなぁ。漸くほろ酔いってところか?」
「んー……確かにちょっと酔っぱらってきた」

こてんと真島の肩に頭を預けるとにんまり笑ってグラスを傾ける。その様子を微笑ましく見つめ風間は言う。

「酒が強い所だけは母親に似たな」
「風間の叔父貴は律のおかんと飲んだ事あるんか?」
「風間の伯父様は、お母さんのお師匠様なのです」

きりっと背筋を伸ばして離す律だが、心なしか呂律が回っていないように聞こえる。

「師匠?どういうことや?」
「そんな大それたものではない。まぁ、律からすればそうかもな」

真島の質問に謙遜で答えようとした風間に、抗議の声を上げる律。それをあやすように律の頭を撫でれば律は気持ち良さそうに目を細めた。懐かしそうに微笑んだ後風間の表情が急に真剣になる。

「律、神室町へ来た本当の理由、教えてくれないか。気まぐれじゃないんだろう?」

にんまり顏が消えたのを合図に真島が体ごと律の方を向く。律はじっと自分のグラスを見つめた後観念したかのようにゆっくりと息を吐くとグラスの縁をなぞり苦笑を浮かべた。

「…やっぱり風間の伯父様には勝てないなぁ」
「早く聞き出さないと、隣の男が暴れそうだったのでな」

風間はそう言って真島の方を見た。律もそれに習って真島を見る。真島はなんだか照れくさくなってそっぽを向いた。項をさする手に律の視線が注がれている事に真島は気づかない振りをした。

「……気まぐれって言ったのは嘘じゃない。ただ…」

再びグラスに視線を戻して律はぽつりと呟く。独白のようなそれを、真島と風間はただ静かに聞いている。

「……あそこにいるのが辛かったんだ……あそこにいると思い出すから…」

カウンターに頬杖をついて律はただひたすらグラスの縁をなぞる。今にも泣きそうな瞳でじっとグラスを見つめている。

「だから、なるべくあの人に会わないような場所に行きたかった」
「あの人?」

律の声色が変わった事に気づいた真島が思わず口を挟んだ。すっと律の瞳が動き潤んだ瞳で真島を見る。にんまりと弧を描く口元だったが瞳の奥には僅かに悲しみが浮かんでいた。

「うん、僕の大好きな人」

真島を見つめたまま律はカウンターにうつ伏せになる。風間がそっと彼女のグラスを下げた。じっと真島の隻眼を見つめたまま律は続ける。

「僕が我が儘だから、面倒臭くなっていなくなっちゃった……僕は嫌われたくなかったから約束守ったのに…」

酔いが回って眠いのか、律の瞼が上下に動き始めた。眠気を覚まそうとしてか律の手がグラスを探すように宙を彷徨う。真島はその手を取って顔を近づけた。

「悪い酒やで、律ちゃん。今日はもうそれぐらいにしとき」

風間に習ってぽんぽんと頭を撫でてやると律は気持ち良さそうに目を閉じてそのまま眠ってしまった。風間がジャケットを律にかけてやる。ややあって真島が口を開いた。
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