狂犬と化け猫

□1。にんまり顏
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自分以上に狂った人間などいないと、そう思っていた。





























いつものように金属バットを引きずりながら、嶋野の狂犬、真島悟朗は街を練り歩く。部下たちを引き連れ街を歩けば、人ごみが奇麗に分かれ彼の行く先を邪魔するものはいない。

「今日日の若いもんは張り合いがないのぉ」

とんとんと金属バットで肩を叩くと、ふと歩くのを止める。パイソンジャケットから漂う匂いとは違う、真新しい鉄錆の匂いが鼻をかすめた。ついさっきまで大量の血を浴びていた彼はその香しい香りにとても敏感だった。
本能の導くまま、真島はその香りのもとを辿る。大通りから一本はずれた路地から、その香りは漂っている。

「……ジブンら、先に事務所に戻っとき」

彼にしかわからない、微細な空気の違いを真島は感じ取った。おそらくこれは、自分にしかできない。自分にしか、対応できない。
渋る部下を何人か静かにさせると、真島はその路地に入っていった。
真島の隻眼に一番最初に映ったのは、見慣れている赤だった。

その赤の中にたたずむ黒。

狭い路地は一面、赤で彩られていた。

「……こんなとこで、なにしとるんや、嬢ちゃん」

己の口角が上がるのを感じながら、真島はその黒に話しかけた。

黒はゆっくりと真島の方を向いた。

嬢ちゃん、と呼ばれたそれは確かに幼い顔つきをしている。艶のある黒髪は顎のラインで切りそろえられ、毛先がさらさらと風に揺れている。切れ長の瞳の上にもまっすぐにそろえられた前髪がある。

瞳が真島を見つめる。ただ、静かに真島を見る。

「これ、嬢ちゃんがやったんか?」

ぞくぞくと背中を這い回る感覚に真島は舌なめずりをしていた。真島と少女の周りには血まみれの人間が積まれている。噎せ返るような血の匂いに、真島は興奮していた。

「なぁ、どうなん、やっ!」

ヒュン、と風を切って真島は金属バットを振り上げる。目指すは少女の頭部。女を殴る趣味はないが、興奮しきった彼の脳みそはそんなことを気にする余裕がなかった。
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