いつからだったろうか、彼とこんな関係になったのは。
「むかひさん……」 「っふ……ひよ、し……」
誰もいない部室の中、時折ぴちゃぴちゃと水音が響く。目の前にいる後輩から与えられる濃厚な口づけのせいで、俺の意識は朦朧としていた。 彼の舌は唇をこじ開けて侵入してきて、咥内を傍若無人に掻き回す。絡め取り、唇と唇の間に挟み込み、吸うようにして俺の舌を堪能するのだ。その快感に、俺はフワフワと宙を浮くような錯覚すら起こす。彼の口づけひとつで酔ってしまうほどに、俺はもう、日吉に心も身体も許してしまっているのだ。
今日の部活は休みだという連絡が日吉から来たのは昼休み。この夏で部活を引退した俺にはもちろん、本当は関係のないメールだ。けれど、それはもう俺にとっては慣れたことで。むしろ、表にこそ出さないが、俺の心臓は高鳴り始める。 わざと素っ気なく「わかった」という一言だけを彼に返信して、俺は机に突っ伏した。
全国大会でダブルスを組んでから、俺と日吉との距離は急激に近づいた。最初は衝突してばかりだったが、だんだんと息も合うようになってきて。侑士には到底及ばないけれど、頼りになるパートナーだった。 そんな彼と、いつの間にか関係を持つようになっていた。どうして、何がきっかけでそうなったかなんて覚えていない。日吉に求められて、俺もそれを受け入れた。
所謂、セフレみたいな関係。 男同士でもそう言うのかはわからないけれど。
ふたりとも、ホモという訳ではないはずだ。偏見はなけれど、少なくとも俺は今まで男に恋をするという経験をしたことはなかったし、日吉とのことも、ただ単なる性欲の発散くらいにしか考えていない。彼に愛を囁かれることもないし、俺が愛を伝えることもない。 彼に求められるから、応じるだけだ。
舌が解放されると、口端から溢れ出た唾液が顎を伝い落ちる。それをなぞるように舐め取ってから日吉は、濡れた俺の唇をぺろりと舌で撫でた。それだけでぞくぞくとした快感が走り、背筋が伸びるのを感じる。
「向日さん……」
俺の名前を呼ぶと、目を細めて微笑む日吉。普段なら絶対見られないような、穏やかで柔らかな笑み。この時ばかりは、いつもの生意気な後輩の姿は影を潜めている。 優しい手つきで頬を撫でられ、心臓が小さく跳ねた。彼と逢瀬を重ねることには慣れたのに、彼との時間には一向に慣れることができない。
「向日さん」
もう一度名前を呼ばれ、彼の男にしては細く綺麗な指が俺のネクタイの結び目に掛けられる。その所作に、どこか期待している自分がいるような気がした。 そんなこと、あるはずがないのに。
けれど、ふと俺を見つめてくる日吉の、切なげにひそめられた眉と少し潤んだ瞳に、ぼんやりと温かく心地よい気持ちが心の中に広がっていくのがわかった。
愛されているような気がした (それこそ)(あるはずがないのに)
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