私はテーブルを回り込んで向かいのソファ脇に膝をつく。
「鋼の」
完全に俯いてしまった金色の頭に手を乗せた。
「深く考えすぎだ」
小さくまろい頭をそっと撫でる。
絹糸のような感触が、指の間をくすぐった。
「不安になるということは、今までとは違う状況になったということだろう?」
声に力がこめられるなら、この声だけで彼の不安を取り除けるだろうに。
「常に同じ状況下であれば、それはすなわち日常で、人は日常に不安を覚えることはない」
最前線にいる兵士が、最初に怯え不安を抱えていても、いつしかそれが当たり前になってしまうように。
「だから、君はちゃんと前進している」
その瞳で前を向いて、鋼の足で大地を蹴って。そして、その手で、いつか掴まえるのだろう、君の目指す未来を。
「そう、かな?」
俯いたまま小さな声が答えた。
「君の錬金術師としての才能を高く評価している私が言うんだ。信じたまえ」
君という一人の人間としてなら、もっと高く評価しているが、それを口にすれば照れるか怒るか、いや、その両方だろうから、そこは口にするまい。
と、思ったのに。
「大佐が評価してんのは錬金術だけかよ」
前髪の隙間からちろりと瞳を覗かせて、そんなことを言うものだから。
「いいや、君の全てを」
小さな頭をそのまま引き寄せて、
「愛しているよ」
耳元で囁いて抱きしめた。
たとえ、君がすべてを諦め歩みを止めても、それでも手放せないほど君という存在そのものに執着している。
「た、大佐、くるしい」
もがく仔犬を抱きしめているような、心地よい衝撃が胸を叩く。
軽く緩めた腕の中から抜け出すかと思いきや、胸に額を預けてくる。
「珍しいこともあるものだな」
笑い含みに小さな背中を両腕で抱きしめなおした。
「るっせーな」
胸元から顔をあげ、その隙間から睨みつけてから、またコトンと額をぶつけてくる。
「たまにはいいだろ」
くぐもった声は気恥ずかしさのせいか。
「私は嬉しいがね」
泣きそうな瞳のままで笑っているくらいなら。
「いつでも胸くらい貸すよ」
「って、誰にでも言ってんだろ」
ぼそぼそと胸元に落とされる呟きは、本人は憎まれ口のつもりだろうが、私にはかわいらしいヤキモチにしか聞こえない。
「いいや、君専用だ」
「タラシの台詞だよなー」
口調が少しずついつもの調子を取り戻してくる。
「何を吹き込まれてきたかは知らないがね、君以上に私の心を捉える存在など、ありえないよ」
首筋にかかる息がくすぐったいのか、わずかに身をよじるものの、相変わらず腕の中から抜け出そうとはしない。
そのまましばらくそうしていたかと思うと、力なく下げられていた鋼の右腕がそっと持ち上げられる。
ぎしり。
金属の軋む音が静かな部屋に響いた。
「これが罪だとしても…って、まあ、罪なんだけどさ」
ぎゅっと握り締められた右手がほどかれ、私の軍服の肘あたりを掴む。
「鋼の?」
ゆっくりと額を胸から離し、それでもまだ顔をあげない。
鋼の指が私の軍服を解放し、拒絶ではないやわらかさで私の胸を押す。
「これはオレが背負って進まなきゃならないもんだし」
離れていく体温が名残惜しくて、その硬質の手に手を重ねる。
「これ以外に何かあるのか?」
軽くはじくように鋼の義手を示せば。
「ちょっとね」
笑ったのか、少しだけゆれた肩。
ゆっくりとあげられる小さな頭。
前髪の奥で、力を取り戻した瞳が金色の光りを照射する。
「鋼の?」
「でも、それは、たぶん…」
問いかけには口ごもり、僅かながらの逡巡の後。
「オレだけで背負うものじゃないと思うから」
きっぱりとした口調と、私の視線をまっすぐ捉える黄金の瞳。
そうだろう? ロイ・マスタング、と雄弁なまなざしがまっすぐ伝えてくるから。
「背徳の罪果は甘いと言うが?」
罪だろうと禁忌であろうと、共に分かち合えるのなら、何だってかまわない。
第一、君の言う罪を、私は罪だとは思っていない。
「聞いたことねぇな」
意地悪気に引き上げられた唇の端を啄ばんで。
「ほら、甘い」
終
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あとがき
お読みくださってありがとうございます。
7月1日に65956のミラー番を報告してくださいましたMさまより、ツンデレ甘々というリクエストを頂きました。
遅くなってしまって申し訳ありません。
申し訳ありませんついでに、、、、
……ツンデレになってますか?甘々になってますか?(涙目)
すみません、これが精一杯です(泣)
こんなんでよろしければ、どうぞお納めくださいまし。
2010/08/05