「兄さん、リゼンブールの匂いだねっ」
列車を降りる前からはしゃいでいたアルが嬉しそうに明るい声を上げる。
改札を出たとたん、風が羊の匂いを運んでくる。
「なるほど」
くんくんと犬のように鼻をならしていた大佐……ロイ・マスタングはオレの肩に手をおいたままゆっくりと足を進める。
「三歩先に段差があるから気をつけろよ」
「はいはい」
過保護だね、君は。と笑われて、なんだか一人で気を回しすぎていたような気になって居心地が悪い。
穏やかな風が木々の葉を揺らし、オレたちの背中を押す。
まだ回復しきっていないアルにあわせてゆっくり歩く。
「やれやれ、舗装されていない道というのは存外歩きにくいものなのだな」
こっちはこっちで、歩調を早くすることはできそうにない。
「わーるかったな、田舎で」
「なに、君につかまっていられる口実ができてかえってありがたいくらいだ」
憎まれ口を叩けばさらりとかえされる。
そんなやりとりは昔と変わらない。
「駅を出てから誰にも会わないようだが」
「そもそも人口がすくないからな」
なるほど、さすが田舎だ。
納得するように頷かれ、思わず失笑する。
道から離れた畑や牧草地に人影がまるっきりないわけじゃないが、声をかけてくるものはいない。
それに気付かない……気付けない。
そんなところは昔のままではない。かわってしまった。
「あ!」
さっきまでは息を切らし気味に歩いていたくせに、ロックベル家が見えてくるとアルは途端に元気を取り戻した。
「ウィンリィっ! ばっちゃ〜んっ!」
ゆるやかな坂道を駆け上がるアル。
「走るな!アルっ」
オレの声はアルに届いていないらしい。
かといって、追いかけるわけにもいかず、あーあ、とため息をついた。
そんな光景に何を思っているのか。
斜め後ろで軽い笑い声が聞こえる。
「楽しい
生活ができそうだな」
ゆるやかな坂道をのぼりながら、ふと足をとめる。
ぐるり見回す光景は、オレにとっては懐かしい風景だけれど。
「本当にいいのか?」
ここまで連れてきといてなんだけどさ、と呟けば。
「何を今更」
言葉とともに肩に置かれた手に力がこめられる。
ともにありたいと思っているだけだ、と。
終
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あとがき
お読みくださってありがとうございます。
ずいぶん久しぶりの更新です。
2010/02/24