短編U

□きみなき世界(P2)
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 幸い、傷はたいしたことなかった。
 左の脇腹から胸に向かっての刃物傷。出血はそれなりにあったが内臓に達してはいないということで、私は安堵に膝がくずれそうだった。
 照明を落とした薄暗い病室で、私はベッドの傍らに座ってエドワードを見下ろしている。
 縫合のための局所麻酔が効き過ぎたのか(身体が小さいせいだとは言わないが)、ようやく目覚めたエドワードは、ぼんやりした目つきで私を見ると微笑んだ。
「大佐はケガしてない?」
 私の無事を確認するような台詞に、思わず皮肉を口にしてしまった。
「君は私の恋人だという自覚はあるのかな?」
 とたんに赤くなるのは『恋人』という言葉に反応してのことだ。
「心配かけて悪かったよ。これからは気をつける」
 ぼそぼそと呟く言葉は殊勝だが、話を切り上げたいがための口先だけの言葉に納得できようはずもない。
「違う。君が傷つくと私が痛いということがわかっているのかね」
 布団の上に投げ出されていた手を取る。
「……このまま、目を覚まさないかと思った」
 青白い顔で横たわるエドワードを見ていて、居眠りなどの寝顔ですら生気が溢れていたのだと知った。
「大げさだなぁ」
 ぐるりと手首をとりまく指に力がこもったのは無意識のことだ。
「君のいない世界など考えられない……」
 私の言葉を理解したとたん、つい先ほどまで朦朧としていた瞳に力が漲る。
「アンタ、自分で何言ってんのかわかってんの?」
 ぎりぎりと音のしそうな視線が私を射抜く。
 まさに、限界まで引き絞られた弓のように。
「わかっているとも。君のいない世界で生きていくくらいなら、私が死んだほうがましだ」
 言ったとたん、頬を灼熱が焼いた。
「それで、オレにはアンタのいない世界を生きろってか?!」
 私の頬を張った拳が視線の下方でふるふると震えている。
「そうだ」
 怯むことなく言い切った。
「君の世界は私ひとりでできてるわけではない。どんな状態であれ、君は生きねばならない」
 その腕と足を失っても生きてきたように。
「ふ、ふざけんなっ!!!」
「私は至極真面目だ」
 睨みつけてくる熾烈な瞳を受け止める。
「私の目指すものは、私が勝手に目指しているものだ。君のように誰かのために目指しているものではない。それが私と君の大きな違いだ」
「今まで自分がやってきたことをオレのために投げ捨てるってのかよ」
「棄てるのではない。それ以上のものを選ぶだけだ」
「冗談じゃねぇ!!」
 鋼の右手が私をつかみあげようとして、傷の痛みに挫折する。
 痛覚に支配されて呻く小さな身体を宥める目的で手を伸ばした。
「そんなん、ぜってぇ赦さねぇっ!!」
 ものすごい勢いで振り払われた手の、機械鎧で叩かれた手の甲が赤くひりつく。
「アンタの言うとおり、オレはアルを元の身体に戻すまで、絶対に死ねない。だから、アンタも死ぬなっ」
 三段論法よりもさらに乱暴なその論旨。
「オレに、生きろ、というなら、オレにアンタの、いない世界を生きさせるな」
 大声を出したせいで傷が痛むのだろう、きれぎれの言葉とは裏腹に、その瞳の力はかけらさえも揺るがない。

「……わかった」

 その瞳に捉えられてしまえば否と言えるはずもない。
 エドワードは私にいくつもの枷をはめてしまう。
 そうして、捕まえたつもりで捕まったのは自分の方なのだと、何度となく私は思い知らされるのだ。






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あとがき

お読みくださってありがとうございます。
27390を踏みました、とご報告いただいた月読つかささまのリクエストは『ロイを庇って負傷するエドに、思わず涙するロイ』でした。
……えーと、ご報告を頂いたのはちょうど年末でしたから、半年くらい前ですね(滝汗)
ちょうど忙しい時期と重なってしまってこんなにお待たせしてしまって……。本当に申し訳ありませんでした。
月読つかささま、今でも読んでくださってますでしょうか??
よろしければ、どうぞお納めくださいまし。




2008/05/25
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