現代パラレル
□エドワードの誤解(P9)
1ページ/9ページ
その日、ミュンヘンの中心街に出たのはたまたまだった。
顧客の定例会議が長引いたため、一度は自社に戻る予定だったのを取りやめてそのまま遅めのランチをカフェで済ます。
陽射しが降り注ぎさわやかな風が吹き渡るオープンカフェには似合わない重苦しい表情でロイはコーヒーカップをソーサーに戻した。
考えているのは同居人のことだ。
先日の誘拐事件はホーエンハイム家のささやかな『お家騒動』として穏便に処理された、伯爵の代理で訪れたハクロ弁護士が「以後このようなことはないよう手配したので安心してほしい」と謝罪とともに約束してくれた。
実際には単なる財産争いなどというようなものではなかったが、ハクロ弁護士がどこまで実情を知っているのかロイやエドワードにはわかるはずもない。
しかし、エルリックを名乗っていても、本人が関係ないと言い張っても、法的にホーエンハイム伯爵の孫であることに代わりはなく、外部の人間にとってはおいしいエサに見えることは否定できない。
とすれば、いつまた別の誘拐犯が現われるかも知れないし、何か別の犯罪に巻き込まれないとも限らないのではないか。
名実ともにホーエンハイムと関わりをなくすには。
やはり籍を移すことが一番だとロイは結論づける。
弁護士の知り合いがいないわけではない。エドワードにも自分にも好意的な弁護士とは月に一度の割合で会ってはいるが。
ロイはあまり感情が顔に表れない細い目の男を脳裏に浮かべる。
しかし、彼を頼ればハクロ弁護士を通じてホーエンハイム家に筒抜けになってしまうことは明白だ。
それが話を早く進めることになるのか、反対にこじらせることになるのかロイに判断はつかない。
やはり別の弁護士を探したほうがいいだろうか。
考え込むロイを現実に引き戻したのは、張りのあるアルトの声だった。
「ドロボーーっ! 誰かそいつを捕まえて!」
ストリートを歩いている人波が悲鳴と共に割れ、その中心を小柄な男が駆けてくる。さらにその後ろから黒髪断髪の女性が追いかけてくる。どうやら声の主は彼女のようだ。
男が小脇に抱えているのはどうみても女物のハンドバッグで、ということは、ひったくりなのだろう。
男の逃亡経路が自分の座るカフェ方面だと見てとるや、ロイはサラダについていたフォークを投げた。
突然、目の前を横切った銀光に男がたたらを踏む。体勢を立て直した時にはすでにロイの腕がその身体にかけられていた。