短編
□ロイ・マスタングの苦悩 (P3)
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今までの短くもない士官稼業の中で年若い軍人たちを『可愛い』と思ったことは何度もある。
慣れない任務に一生懸命励む姿勢や、自分にとっては既に当り前でしかない出来事に真剣に驚いたり感動しているさまは微笑ましい。
それはもちろん「年長者」として「年少者」に向ける自然で単純な感情だ。
金色の同居人に対する感情が、過去に覚えたその感情よりいささか複雑なものであるのは、同居しているがために「親」のような気分になるからだろうと思っていたのだが。
どうもそれとも微妙に違うような気がする、と思い始めたのそれから二ヶ月ほど後。
その後、滅多にないほど思い悩み、どうやら同居人に対する思いが世間一般で言うところの恋愛感情に等しいものだと気づいたのはさらに一ヵ月後。
残業して帰宅した時に『お帰り』と微笑まれて疲労が吹き飛び、風呂上りのエドワードと家の中ですれ違えば上気した肌にドキドキする。
これは重症ではないかと頭を抱えるが、司令部内で誰かと楽しそうに談笑している姿を見かければ嫉妬に歯噛みし、そこに割って入りたくなる。
そうして悶々とした日々をさらに二ヶ月過ごして、とうとう行動に出たのがひと月前。
「君も軍に入ってそろそろ一年になるし、ひとり立ちしてはどうだね」
ただ、その行動の方向性はエドワードを自分から遠ざけるというもの。
「え?なんで?オレがいるの迷惑?」
ココ、司令部も近いし便利なんだけどなー。食事の支度とかもほとんどオレがやってるし、アンタだって利点あんじゃん。
あっけらかんと問い返すその無防備な顔に内心で頭を抱える。
確かに家事のほとんどはエドワードが引き受けてくれている。
それはありがたいし何より帰宅した時に「おかえり」と迎えてくれる人がいると思えば仕事に力も入る。
が、自分の気持ちを自覚してしまえばその喜びも苦痛に変わる。
そして。
忍耐力と自制力をさらにすり減らしながら一ヶ月を過ごして。
めずらしく早い時間に二人とも帰宅し、のんびりした夕食後を過ごしていた。
リビングのソファで新聞を読んでいたロイの前にエドワードはコーヒーを置くと、自身もソファに座って雑誌を読み始める。
一人暮らしの頃はベッド代わりにもしていたこのソファは3人掛けの大きめのもので、反対側に座れば決して居心地が悪いほどの至近距離ではないのに。
新聞に集中しているつもりでも、その向こうに見える金色の髪や機械鎧の上に組まれた足のわずかな動きを目で追ってしまう。
間接照明の柔らかい光に輝く髪がいやおうなしに目を奪う。気付けば足の先から頭の先まで観察していた。
視線に気付いたのか顔をあげたエドワードと目が合う。
金の光が闇を射抜く。
「なに?」
少しだけ小首をかしげて問う顔は心持ち上目遣いでロイの心拍数は跳ね上がる。
なんだよと重ねて問われるが答えなどはなから持ち合わせていない。
答えないロイに焦れたのか、どうかした?と身を乗り出してくる。
間近で金色の瞳が覗き込んでいる。
睫の本数まで数えられそうな至近距離。
思わずその頬に手をのばす。
振り退けられることを想定していたのに、予想に反してエドワードはその手を頬に受けたままにっこりと微笑んだ。
その笑顔にわずかに残っていた自制心が吹き飛ぶ。
頬に当てた手をそのまま頭の後ろに沿わすように進め、引き寄せた。
抗う気配がないのを良いことにわずかに開いた唇に自分のそれを重ねる。
思っていた以上に柔らかな感触に霧散しそうな理性を必死で掻き集め、唇と手を離した。
金色の瞳かびっくりしたように見開かれているのを認識する。
「……だから、家を出ろと言ったのに」
顔ごと逸らせて絞りだした声は自分でも嫌になるほど震えていた。