短編
□つないだ指先 (P1)
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まるで逃避行のように列車に飛び乗った。
理由なんかない。
強いて言えば、黄昏色の空がキレイすぎたから。
会議のためにリザを伴って中央を訪れていた。
自分の椅子にしがみつくだけの能力しかない狸じじいたちとのやりとりにロイは疲れ果てていた。
八つ当たりに近い愚痴を有能な副官にぶつけるわけにもいかず、半ば以上ふてくされて歩く。
しがらみを断ち切って、どこかへ行ってしまいたい。
それが現実逃避でしかなくとも。
そんな心境の時に駅にいるというのは、誘惑されているようなものだな、と嘆息した時。視界に入ってきたのは見慣れた金の輝き。
今セントラルに着いたのか、それともこれからどこかへ向かうのか。それは解らないが、今同じ場所にいるということ意外はどうでもよかった。
「鋼の」
呼びかけた言葉は人ごみのざわめきをかき分けて、過たず目指す耳にたどり着く。
ぴくん、と金の頭がはねあがった。
嫌そうにゆがめられた表情の中で、金の瞳には歓喜が隠されている。
互いに歩み寄って言葉を交わそうとしたとき、すぐ横に停車していた列車の発車アナウンスがあった。
餓えた黒の瞳がエドワードを飲み込む。
その視線に、伸ばされた手に、促されるように自分も手を伸ばした。
触れ合った手。
絡め取られる指先。
それは自分が必要とされている証拠。
既に動き初めていた列車を追いかけ、飛び乗った。
少し弾む息を整えながら、自分のより小さな手を握る右手に力を込めた。
同じように握り返す手が、傍らで弾む息が嬉しくて顔に笑みが浮かぶ。
「どこ行きの列車だったかな?」
「アンタ、確認もしないで乗ったのかよ」
呆れたような物言いが彼らしくてさらに破願する。
「何笑ってやがんだよっ」
あーーっもう、アルになんて言おう。
車両の壁に背中をぶつけるように寄りかかって、機械の手で顔を覆う。
それでも左手を離さない。
「中尉が上手くやってくれるさ」
走り出した時、視界の片隅にめったに見られない副官の見開いた目と、何かを掴むように差し伸べられた鎧の腕を捉えていた。
蒸気音と発車のベルとが響く中、耳慣れた自分を呼ぶ声と少しくぐもった幼い声が兄を呼ぶのを聞いた。
けれど足を止められなかった。
「どこ行くんだよ」
鋼の指の隙間から覗いた金の瞳に。
「さて、どこへ行こうか」
黒い瞳が返される。
「いいよどこでも」
アンタと一緒なら。
君と一緒なら。
今、必要なのは、指先の熱だけ。
終
現実逃避したいのは私かもしれません(笑)
2006/05/02
2006/08/20 加筆修正