中・長編
□defrayment (P24)
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執務室の自席で疲れきってうつ伏せているアルフォンス・エルリックの姿がある。疲労の原因は夜勤ではない。
その証拠にマスタング少将の出勤とともに現れた兄にはさわやかな笑顔で「おはよう、兄さん」と挨拶をしたのだ。
夜勤明けの弟よりもはるかに精彩を欠くエドワードを心配するように首をかしげる。
「どうしたの? 夕べはよく眠れなかった?」
そこまで言葉にして、弟は何かに気付いたように顔をこわばらせる。
「まさ…か! マスタング少将が…」
「私がどうした」
低めに抑えられた声にアルフォンスはぎくりと肩をこわばらせる。
「イエ、ナンデモアリマセン」
執務室にいるとばかり思っていた上司は部下たちにいくつかの指示を与えるとエドワードに微笑みかける。
「待たせたな、話しの続きを聞こうか」
ここにくるまでの間で交わされていた会話は、司令部に入ったとたんに少将の指示を仰ぐ数々の案件に中断されていた。
「アル、悪いけどちょっと待っててくれな」
言い置いて執務室に入る兄を見送ってアルフォンスは自席に崩れ落ちた。昨夜は仕事の関係で少将に譲らなければならなかったけれど、今日は兄を独占できると思っていたのに、朝イチからつまづいてしまうとは──。
深くため息をつくアルフォンスに、職場の先輩達は同情の視線を投げた。
アルフォンスが机に懐いたまま夜勤明けの睡魔に負けてうつらうつらし始めたとき、突然大きな声が隣から響いてきた。
「許さんぞ! 絶対に反対だ!!」
士官室の面々は互いに顔を見合わせてからそっと隣の部屋と繋がるドアをみやる。
「なんでだよ?!」
「君たちが旅した箇所を全部回っていたら四年もかかるじゃないか!! 反対だ、反対。絶対に反対だ!」
「全部だなんて言ってねーよ、要所要所でいいんだ。ちょこちょこっと行ってくるだけだよ!」
「だめだだめだ! せっかく戻ってきたのに、また君がいなくなるなんて、絶対にだめだ!」
「なんだよっ、ケチっ!!」
もう一度顔を見合わせてから、その場にいた士官たちはため息をついて自分の仕事に戻る。
ついたため息は、はっきりと聞き取れてしまうほどの大声で言い合う声よりもその内容に呆れた故にこぼされたものだ。
「君は私がどんな思いでこの五年を──いや、最初に君が行方不明になってから七年だ! この七年をどんな思いで過ごしてきたかわかっているのか?!」
「知らねーよ! そっちが勝手に思ってたことなんか知るわけねーだろ!!」
朝の業務を終えて戻ってきたフュリーが、ドアがしまっているのにもかかわらず隣から漏れ聞こえてくる言い合いに眼を丸くする。
「なんですか、あれ」
「私達には関係ないわ、ほっておきなさい」
こめかみに青筋を立てながらも冷静さを装って仕事をするホークアイ少佐の言葉に、冷たい刃が隠されているのを感じて、フュリーはあわてて自席について仕事を始める。
みな一様にもくもくと仕事をこなしているように見えるが、その実、丁寧に会話をサーチしている。
「だって、まだ思い出してないこともあるかもしれないじゃん、落ち着かないんだよっ!!」
「私のことさえ思い出したのなら他のことなど思い出さなくてかまわんっ!!」
聞こえてきたその台詞の全員が『あ〜あ』とため息をついた。
「ふざけんなっ!!」
ゴンっと鈍い音が響くが誰ひとり反応しない。誰だってこんな犬も食わない騒ぎにまきこまれたくなどないのだ。
「どうしても行くというのなら、私もついていく!」
けれど、この台詞には反応する人影があった。
流れるような動作で自席から立ち上がり腰のホルスターから銃を抜くと、執務室に通じるドアを開け放つ。
「少将、ご自分の職務をわかってらっしゃいますか?」
直前までヒートアップしていた執務室の空気が一気に氷点下まで下がる。
条件反射でホールドアップした将軍閣下に、みなが深いため息をついた。