中・長編

□defrayment (P24)
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 ばたばたと騒音が近づいて来る。その目的地はたぶん自分のいるオフィスであろう。
 ペンを動かす手をとめることなくロイ・マスタングは黒く大きい眼帯の下で眉をひそめた。
 いりまじった二つの足音は士官学校以来というデコボココンビのものか。
 肉体労働担当のハボックはともかく、頭脳労働担当のブレダまでもが取り乱しているのは珍しい。

「准将っっ!」

 ノックもそこそこに飛び込んできた二人に顔を上げる。
「なんだ、騒々しい」
 頬は紅潮し目は見開かれ息を弾ませ、場数を踏んできた軍人とは思えぬその醜態。
 何があった?と盛大に眉をしかめて問えば。


「アルが……、アルフォンスが見つかりましたっ!」 


 ガタンっ

 重厚な椅子が倒れ、手にしたままだったペンがデスクの端から転がり落ちた。










 アルフォンスが収容された病室で行われた、たった数十分の対面では互いに顔を直視することもできなかった。
 ベッドの上に半身を起こし窓の外に視線を固定したままのアルフォンスと、ベッド脇の椅子に腰掛けてシーツの白さばかりを網膜に焼き付けていたロイ。
 二人は淡々と事実の確認をすることでしか自分を律するしかなかったのだ。

 二つの世界のほころびを見つけ、むりやりそれを広げるようにして戻ってきた。
 その途中で兄とはぐれ、気づいた時には病院だった。

 アルフォンスはそれしか語らなかった。
 視線を窓に向けたまま逆に問いかけた。
 兄はどこにいるのか、と。

 その問いに対する答えを一番欲しているロイに。

 セントラルシティから南に30kmほど離れた山里で発見された少年が、意識を失う直前に「マスタング大佐…」とつぶやいたことで中央司令部に連絡が来たこと。
 あたりを捜索したが、他に人はいなかったこと。

 ロイに答えられる事実はそれしかなかった。


 やがて退院したアルフォンスはリゼンブールではなくダブリスで静養し、シグ・カーティスを保護者代わりに士官学校に入学した。








 士官学校から定期的に送らせているアルフォンス・エルリックの成績と生活態度に不審を覚えたのはすぐだった。
 特に問い合わせをすることもなく静観を決め込んだのは、彼のことだから何か考えがあってのことだと思ったからだ。

 しかし、一方で彼と関わりあうことを恐れている自分がいることも知っている。
 若干の色味の違いはあるにしても、あの金色の瞳と髪を持つ少年を前にして自分が平静でいられる自信がないのだ。
 彼が戻って来たことを喜び嬉しく思っているのは確かなのだけれど、それと同時に『なぜ彼だけが』と思う気持ちも確かにあって。
 その気持ちはおそらくアルフォンス本人も抱えているに違いないから、顔をあわせてしまえば、互いにそれをマイナス方向に増幅することにしかならない。

 実際、アルフォンスが発見されてすぐに病院で行われた対面の記憶は、ロイにとって極力思い返したくない記憶のひとつでもある。
 あの日の会話を反芻すればするほど、彼の不在が際立ってしまう。それは恐らくアルフォンスも同じことだろう。
 でなければ、いずれ軍に入ることを前提にされた士官学校に入学するにあたって、ロイを始めとする馴染みの軍人に一言もないなどと、あの礼儀正しい弟には考えられない所業だ。


 そうして、二人はその後一度たりとも顔をあわせることはもちろん、連絡を取り合うことすらしていない。




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