中・長編
□未来への記憶(P26)
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01
炎天下の街でばったりでくわした。
まさに「でくわした」という表現とおり、お互いに相手がこんなところにいるとは思っていなかったのだ。
「こんにちは」
いつもどおり丁寧に頭をさげる大きな鎧と、会いたくなかったと顔中で表現する小さな国家錬金術師。
けれど、対する二人の軍人の反応はいつもどおりとはいかなかった。
いつも毅然とした態度で上官に従う女性はアルフォンスに礼を返しながらも珍しく気まずげな表情を浮かべている。
その上官は、いつもなら過剰なまでのさわやかな笑顔で「やぁ、鋼の」と片手をあげるはずなのだが……。
「中尉?」
コレはなんだね?とエドワードを指差して背後の副官を振りかえった。
大事な話しがあるのだけれどまだ視察の途中だから司令部で待っててもらえるかしら、と懇願するような口調のリザに否と言えるはずもなく、東方司令部を訪れればマスタング大佐直属の部下の一人から驚愕の事実をつきつけられた。
つまり。
「大佐が記憶喪失なんです」
動物好きの穏やかな曹長は、エルリック兄弟をからかって遊ぶようなタイプではなく、その黒縁めがねの奥から覗く瞳は本人もショックを受けたことを物語っていた。
率直に告げられた言葉を理解することはできた。
余計な飾りの一切ない事実は、誤解や曲解を許さない簡潔なものだったから。
しかし、だからといって、その事実は納得することが非常に難しいものだった。
「記憶喪失って…」
呆然と固まってしまった兄の変わりに、がしょんと音をたてて首をかしげる弟にフュリーはまるで自分が悪いかのように眉を下げる。
「先月の終わりにちょっとしたテロがあって…」
追い詰められて倉庫へと立て籠もったうえ、逃げられないと覚悟したテロリストたちは手持ちの爆弾を全て爆破させると啖呵を切った。
当然、その時点で倉庫は軍によって包囲されている。
「大佐が現場指揮をとってらしたんですけど……」
爆薬を無効化するために最前線に出て行って、手が回りきらずに起きた小爆発に巻き込まれたというのだ。
「──ばっかじゃねーの」
エドワードの口から忌々しげに吐き出された言葉に、兄さん!、とアルフォンスが声をあげる。
「市民にはいっさい被害者は出ませんでしたし、テロリストも軽症者ばかり、憲兵を含む軍人たちもほぼ無傷でした」
ただ、大佐だけが爆発物の欠片に側頭部を強打され意識を手放すこととなった。
「それで目がさめたらすっぱり今までのことを忘れてましたってことかよ」
低い声はまさに地を這うようなという形容がぴったりの声で、フュリーとアルフォンスは思わず手を取り合って震えてしまう。
エルリック兄弟がくるなり仕事を思い出したり見つけ出したりした二人の少尉や、元から席をはずしていた准尉の帰還を求める叫びを心中で上げながら、フュリーは健気にもロイを弁護する。
「全部忘れてしまわれたわけではないんです」
さすがに現在進行形で動いている仕事に関することはきちんと覚えていて、職務に支障をきたすようなことはない。しかし、軍の関係者など顔と名前が一致しても、その相手と自分の間に何があったか忘れてしまっている場合も多いという。
「ご自分では何を忘れてしまっているのかがわからないらしくて、時々困っておられますが」