中・長編

□未来への記憶(P26)
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07

 中央への出張は滞りなくすんだ。表面的には。
 会議や研修というお題目で行われる足の引っ張り合いは相変わらずで、今までロイはなんやかやと理由をつけて出席を断っていたのだが、今回は特に文句を言うこともなくすんなり中央へと足を運んだ。
 おまけに、ついでとばかりに蓄積している休暇を申請し帰りを一日ずらした。

 出張を承知したのも休暇をとったのも理由がある。
 どんなに真面目に仕事に励んでいようが、サボっていようが、東方司令部にいても待ち人は来ないのだ。来るはずがないとわかっていながら、来訪を待ちわびるのはむなしすぎる。
 イーストシティから出れば彼に会えるわけでもないが、少しでも逢える確率が高くなるのであればそちらを選ぶ。もちろん滞在を一日伸ばしたくらいで、その確率が0点何パーセントも上がるわけではないことくらいわかっているけれど。

 嫌味、皮肉、当てこすりやほとんど中傷誹謗に近い暴言まで集中的に浴びせかけられて、すぐにイーストシティへ戻って冷静に采配を振るうだけの余裕が今の自分にあるとも思えなかったのも一因だ。
 中央まで来ていながら顔も見せずに帰れば、向こう三年間くらいは文句を言い続ける親友と昼飯でも食べてクールダウンしなければ部下たちに八つ当たりしかねない。
 しかも、現在の状況ではロイは部下たちからの信用が著しく低下しているのだ。
 ロイ自信も多大なショックを受けたあの電話の一件以来、暗にロイを責めていた部下たちの態度はあからさまに冷淡になった。

 出張を断らなかったのは、ブリザードにさらされているかのような環境から逃げ出す意味合いも強かったことは否定できない。
 部下の冷え切った視線よりはマシだと思ったオエライさんの嫌味や当てこすりは、以前と変わらず鬱陶しいことこの上なかった。こんな記憶ばかりが残っていることにうんざりする。
 どうせならもっと有意義なことを──あの金色の少年とのことを──覚えておけばいいものを、と自分自身に対して舌打ちをする。




 昼時のレストランは当然ながらランチ客でいっぱいだった。
 ロイがヒューズと待ち合わせた店は軍法会議所至近のため店は軍服でうめつくされ、私服のロイはかえって浮いてみえる。時折ちらりと投げられる視線はこの男が『あの』ロイ・マスタングだと分かっている軍人達のものだ。
 イシュヴァールの英雄はどうしたって人目を引く。隣のテーブルからさりげなさを装ってこちらに注目している二人連れが耳をそばだてている理由は何か。憧憬か尊敬か、それとも諜報や策謀か。

 何気ない近況報告の中にちりばめられた情報交換。電話でも直接でも、二人の会話はいつもそうしたものだった。
 具体的に人名を出さずに軽い調子で、ヒューズに問われるままにロイは小さな錬金術師の話題を上らせていた。
「人にどう思われようがあまり気にしていなかったんだが」
 嫌われているとわかってショックを受けるなんて、と冗談に聞こえる響きで口にしたとたん、相手の顔色が変わった。
「ちょっと待て、ロイ」
 二人の間の空気が一気に緊迫する。
「あいつがそう言ったのか?」
 あまりにも真剣に睨みすえてくる緑の瞳の威力を逃すように軽く肩を竦める。
「エドが、お前のことを『嫌いだ』とはっきり言ったのか?」
 答えないロイにヒューズはもう一度鋭く問い直す。
「一体なんだ?」
 逃げようとするロイを許さずにまっすぐ注がれる視線。
「いや、直接言われたわけではないが…」
 ごまかすのは無理だと判断して先日の電話の顛末を話してきかせる。
「バカか、お前は!!!」
 途端に頭上から降ってくる大音声。
 店の客も店員も、誰もが動きを止め恐る恐るこちらを伺う。
「もう俺は知らんっ」


 一体なんだというんだ。なぜ自分があんなにも怒られなければならないんだ。
 午後からの仕事に戻るヒューズと店の前で別れ、ロイは拳を握り締めて雑踏を歩いている。
 胸の内では親友に対する文句をずっと垂れ流し続けているが、実際のところはそれは虚勢でしかない。
 わかってしまった。
 いや、違う。
 本当はわかっていたのだ。
 ただ、自分が記憶を失っているという事実が、それを認めさせなかった。
 自分自身に対する否定なのか、彼に対しての負い目なのか、もはや核となる感情がどこからきたものなのかもわからないけれど。

 自分がどれだけバカな発言をしたのか、そんなのはヒューズに怒られなくても充分承知している。
 絶対に言ってはいけない一言だったのだ。
 ということはつまり──。



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