未来捏造パラレル

□第七章『自立』
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 約束の時間を30分ほど過ぎてロイが応接室の扉を開けると、初老の男ははじかれるようにソファから立ち上がった。

「お忙しいところ申し訳ありません。キュエル・サザーランドです」
 アルフォンスの通う学校の教育主任だという男は深々と頭を下げる。

 お待たせしたのはこちらですから、と笑みを返してソファを勧めればほっとしたように腰を下ろす。

「自分が遅れておいて申し訳ありませんが、時間があまりないので単刀直入に伺わせていただきます。アルフォンス・エルリックのことですね」

「そうです。昨年の9月から本校に通っておりますが、あぁ、そんなことはご存知でいらっしゃいますよね」

 アメストリスの英雄を前にして緊張しているのか、サザーランドはハンカチを出して出てもいない額の汗をぬぐった。

「先だって手紙を差し上げておるとおり、彼は非常に優秀で……」

 アルフォンスの優秀さをロイに訴える口調からは「何事にも派手な兄の影で目立たなかったが、充分な評価を受けるべき者」との認識が窺える。
 彼の言葉に表情を一切動かさず相槌を打ちながら、ロイは心の中で爆笑していた。

 12歳という年齢で国家資格を取った兄が万事において派手なのはそのとおりだが、弟がそれに負けず劣らず優秀だということなど解りきっている。
 資格こそ取ってはいないが、半端な国家錬金術師より錬金術のレベルは高い。加えて兄よりも性格的に堅実とくれば、一般的な学校教育の場で優秀な成績を収めることなど当然だ。

「それで、レベルの高い名門の私立校へ編入しないかと勧めたのですが」
 アルフォンスは困ったように笑うだけで返事をしなかったという。

「名門私立校ともなれば、家柄だなんだとうるさい一面もありますが、兄があの名高い鋼の錬金術師で、しかもその後ろ盾にはマスタング准将がおられるのであれば、肩身の狭い思いをすることもないでしょう」

 優秀なのにもったいない、と繰り返す目の前の人物は決して自己の名声を考えてアルフォンスの後押しをしようとしているのではなく、純粋にアルフォンスのレベルの高さを、優秀な人材が埋もれてしまうことを憂えていることがロイに伝わってくる。

「私に彼らを説得しろ、ということですか?」

 彼らの母親が他界してから、一体どれだけの知識を蓄え、どれほどの経験を積んできたか。
 一般人はおろか、死線を潜り抜けてきたはずの軍人にすら想像を絶する過酷な日々を過ごしてきたあの兄弟。
 弟にそんな日々を過ごさせてしまったと考えている兄は、とにかく『普通』に『平凡』な生活をさせてやりたいと願っている。
 むしろ『特別』であることを忌避していると言っても過言ではない。

「ええ。本人は知識欲も旺盛だし勉強嫌いでもない。多くの知識を得ること、学ぶことの楽しさを知っています。今よりレベルの高い授業を受けることにためらいはないと思うのです。いえ、むしろ興味はあるようなのですが、なぜか承諾してくれないのです」

「本人にその気が無いのでは仕方ないのでは…」

「ですが、准将!」
 ロイの台詞を遮ってサザーランドは身を乗り出した。

「あのように優秀な若者を在野に埋もれさせるのは国の損失です!」

「ほう、そこまで彼は優秀なのかね?」

 ロイは自分がエルリック兄弟の後ろ盾であることを、今更という気もしないではないが公にはしていない。
 それはもちろん兄弟がこれ以上自分に対して恩を感じて欲しく無いからだ。恩だと思ってるくらいならまだいいが、負い目になど感じてほしくない。

 そしてもうひとつ、自分との繋がりが密であるということが、彼らにどう左右するかわからないからだ。
 巻き込まれる可能性は低いとはいえない。おとなしく巻き込まれたままでいるわけもない兄弟であれば尚更に。

 だから、今初めて興味を持った、と言わんばかりに聞き返せば、サザーランドはわが意を得たりと語り始めた。




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